それは晴天が続いたある日の事だった。
寒さも和らぎ、外出するのが苦にならない。
毎日やって来る薄い金の髪の男から逃れる為、お遣いをかって出た私はその帰りに川沿いの茶屋で団子を注文していた。

「んーっ」
解放感!

腕を伸ばしながら呼吸をすると、なんだか今まで感じていた煩わしさから解放された気がする。

うん。しつこい人と話さなくて済むなんて、最高!
でも、なんで私をずっと口説いて来るんだろう?
何度も遠まわしに断っているのに……
はっ!? もしかてあの男(ひと)……その事に気付いてない!?
そう言えば、あのぬらりひょんっていう男(ひと)、顔がすごく良い。

私は自称妖怪男の顔を思い起こした。

切れ長の琥珀色っぽい眼に鼻筋が通っている。それに加えなんだか艶やかで凄見のある色気まで感じる。
男の人に色気を感じるなんて前世では無かった事だ。
それに加え、自信満々なあの態度。
うん。女の人に振られた事無さそう。

だから、断っている事にも気付かないのかな?

「はぁ、イイ男ってやだ……」
「ニャ?」

深い溜息をつくと足元から猫の鳴き声が上がった。

「ん?」

そっと長椅子に掛けられた赤い布をめくり、足元を覗いてみるとそこには、見たことのある黒ブチ猫がちょこんと座っていた。
黒ブチ猫で思い起こされるのは、あの時怪我をしていた猫又だ。
でも、こんな昼間から出て来るわけがない。うん。

「ここの猫ちゃん?」

私は右手の人差し指をチョイチョイと動かし、おいでおいでーと声を掛けた。
すると、黒ブチ猫は喉を小さく鳴らしながら頭を右手に擦り付けて来た。

「かわいー!」

思わずその頭を撫ぜまくる。

「お腹空いたの? ごはん?」

でも、ここは茶屋だ。団子は置いてても焼き魚は置いてない。

「どうしよう。魚屋さんって近くにあったかな?」

猫の頭を撫ぜながら、この近辺の地図を思い出していると、どこからか「嬢さん」と少年の声が聞こえて来た。
思わず曲げていた身体を起こすと周囲を見回す。
でも私の傍には少年らしき人物はいない。

空耳?

首を傾げているとまた少年の声が聞こえて来た。

「嬢さん。ここでさぁ」

ここって、どこ!?

声が聞こえて来た方向を見るが誰もいない。
と、足元から声が聞こえて来た。

「こっちこっち」
「なんで足元から……」

と、赤い布の隙間から黒ブチの猫が顔を出す。

「嬢さん。鈍いなぁ……」

その声は黒ブチ猫の口から発せられた。

「え、えぇえええ―――っ!?」
猫が喋ったー!?
なんで!? なんでー!?

パニックになり、頭の中がグルグルだ。

信じられない! 猫が、猫が喋ってるー!
ウソだー!

グルグルワタワタしていると後ろから団子を運んで来た茶屋の娘さんから声を掛けられた。

「お客さん。どうなさったんですか?」
「あ、あの、その、この猫が……」
「猫?」

私はワタワタしながら長椅子の下を指指した。
娘さんは団子を長椅子の上に置くと私の指指した方向を見る。
そして不思議そうな顔をすると、長椅子に掛けられていた赤い布をめくり上げた。
しかしそこには黒ブチ猫の姿は無かった。

「お客さん。猫なんてい居やしませんよ?」
「あ……」
逃げた?

なんだかホッとしたような、でもちょっと残念なような……
複雑な気分になる。
猫が口をきくなんて初めての事なので思わず動揺してしまったが、考えてみれば大好きな猫とお話しが出来るなんて凄い事だ。

うー、なんで動揺しちゃったの!
私のバカ――っ

私は娘さんに「ごめんなさい」と謝ると長椅子に座り直した。
そして娘さんが持って来たお団子とお茶を口に運んだ。

お団子がおいしい。ほっぺが落ちそう。
ん。さっきの事は残念だったけど、今度驚かなかったらいいよね!

そのおいしさに気持ちを前向きに切り替えた私だった。


お団子さいこー!

舌鼓を打っていると、いつの間にか隣に座っていたお侍さんに声を掛けられた。
お侍さんの顔は深く傘を被っているので判らない。

「失礼。椛殿で宜しいですかな?」
「え? あ、はい。椛は私ですけど……」
「御免」
「っ!?」

いきなり首の後ろに衝撃が走ると同時に目の前が真っ暗になり、意識がスウッと遠のいていった。

一体、何が……起こったの?








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