”ぬらりひょん”それは、特徴的な形状をした禿げ頭で、上品な着物もしくは袈裟の姿の老人の妖怪。
私は顎を掴まれながらも、目の前の人物をもう一度良く見る。
「ん?」と首を傾げるこの男。特徴的な形状の頭をしてそうだけど、禿げてない。薄い金髪ふっさふさ。
それに、上品な着物……。
と、言うか、上質な着物を着てるけど、老人の着るものじゃないよね。
そう。顔は皺なんてひとつもない。目鼻立ちがすっきりしている、艶のある青年。
老人じゃない。
「あ、の……、ぬらりひょんって老人じゃ……」
「誰が老人じゃ。ワシはまだ100歳にもなってねぇ」
青年が金の目を眇める。
と、ある言葉が頭に浮かんだ。
「あ……、もしかして、歌舞伎役者!?」
「は?」
「何かの演目でぬらりひょんの役をやるんでしょ? あ、ちょっと離して下さいね」
私は、やんわりと断りを入れ、顎を掴んでいた手を外す。
ぬらりひょんと名乗った青年は私の言葉に度肝を抜かれたのか、呆気にとられたような顔をしたままだ。
今のうち!
そして私は顔に営業スマイルを作る。
「ぬらりひょんさん。演目頑張って下さい。時間があったら観に行きます。それじゃあ」
流れるようにおじぎをして、その場をスタスタと歩き離れた。
と、後ろから正気に戻った男の声が追い掛けて来る。
「おいっ、待て……!」
振り向かない。
振り向いたら負けだ。
何故かそういう気持ちになり、私は早足で、自分の家に戻った。
私は呉服問屋の自分の家に戻ると、ほっこり火鉢に当たった。
かじかんだ身体に火ばちの暖かさは、すごく幸せ。
そうまったりしながら、ふと先程の事が頭に浮かんで来た。
あの人。目鼻立ちがスッキリしてて格好良かったけど、変な人だったなぁ……
まあ、もう会わないから、別にいっか。
あ。でも、そう言えば、あの人に気をとられてしまって、猫又の事すっかり忘れてたけど、大丈夫かな?
明日にでも、またあそこに行ってみよう。
私は、”ぬらりひょん”と名乗る男の事はすっかり頭の中から消去し、猫の事ばかり考えていた。