暗闇の中、ハラリと一片の花弁が目の前を舞った。

白い花弁?

私はそれを両手で受けとめる。
良く見るとそれは桜の花びらだ。
と、いつの間にか周りに花弁がゆっくりと降りしきっていた。

「綺麗……」

どこから降って来ているのだろう?

周りを見回すとすぐ傍に大きなしだれ桜の樹が闇の中、白く浮かび上がっていた。
花弁はそこから降ってきているようだった。

なんで花が満開に咲いてるしだれ桜がこんな所にあるんだろう?
今、確か8月だよね?
それに周りは真っ暗だし…もしかして、夢?

私はそう思いつつも、ここに来る前の自分の行動を思い出す。

あ……そう言えば、泣きながら眠っちゃった?

そう。晴明との戦いで、お母さんはあの黒い穴の中の中から脱出せず、そのまま晴明の攻撃を受け、黒い穴と一緒に掻き消えた。
戦いが終わり、アパートに帰るがいつも居間で飲んでいたお母さんの姿が無かった。
それだけでやるせない悲しみが込み上げてくる。
そして、誰も居ないアパートの中、明日は笑おうと一日中泣き暮れ、一人布団に入ったのだ。
いつの間にか寝入ってしまったらしい。

やっぱり、夢。
でも、本当に立派なしだれ桜……

私は心の中でその大きさに感心しつつ、しだれ桜の下に立った。
そして、その桜の樹に片手を当てる。
それは木特有の手触りがした。
夢の中なのにすごくリアルに感じる。
どうしてだろう? と首を傾げていると上の方から、聞き慣れた声が降って来た。

「響華、どうした?」

う、え? この声、リクオ君?

驚いて上を見上げるとしだれ桜の枝と枝の間から、変身したリクオ君が現れた。
そして、私の後ろに音も無く降り立ったと思うと頭をぐい、と抱き寄せられる。

「オレに会いに来てくれたのかい?」

耳元で囁かれ、耳にかかる微かな吐息に肌が泡立った。

え? え? これって夢、だよね?
私、夢に見るまで、リクオ君に逢いたかった?
うん。もしかして、心の奥底で逢いたかったのかも。
夢でも良いから、リクオ君に傍に居て欲しかったのかもしれない…。

そう思うと私はリクオ君の腕の中で、身体の向きを方向転換させる。
そして頭をリクオ君の暖かい胸板にくっつけた。
息を吸いこむとリクオ君の匂いがして、安心する。
心のどこかに穴が空いている感じを忘れてしまいそうだった。

リクオ君は私をぎゅっと抱きしめてくれると、頭の上に唇を降らせて来た。

「あいつのトコじゃねーで、オレのとこ来てくれて嬉しいぜ…」

その言葉に、何か引っ掛かりを感じ私は頭を起こすと、リクオ君の顔を見上げた。

「リクオ、君?」

私はリクオ君の顔をマジマジとじっくり見つめる。
見慣れた銀と黒の髪。
そして紅く鋭い瞳。
通った鼻筋に不遜げな笑みを湛えた薄い唇。

いつもの着流しも着ているし……
リクオ君、だよね?

でも、どこか引っ掛かった。
頭の中で引っ掛かった先ほどのセリフを頭の中でリピートしてみる。

……ん? あいつのトコ…?
あいつって、誰?

はて? と心の中で首傾げてるとリクオ君は急に険しい表情になり、私の目元に親指を這わせると顔を寄せて来た。
その行動に吃驚し思わず顔を引くが、腰を片腕で抱き締められていて後に下がれない。
リクオ君は私の行動について特に気にしてないようで、別の事を口にした。

「誰に泣かされた?」

へ?

私はその問いに目をパチクリとさせる。

「…オレの知らねぇ所で誰かに何かされたのか?」

リクオ君はそう言うとすごくピリピリとした怒気を放ち出した。
私は慌てて首を振る。
だが、リクオ君の指はまだ私の目元を撫ぜ、言葉を続けた。

「泣いてねぇならここは赤くならねぇ……。それとも誰か庇ってんのか?」

うーん、本当の事なんだけどなぁ、と思いつつも、そのリクオ君の真剣な眼差しにふとある事に思い当たった。

え? もしかして、心配してくれてる…?

そう思うと、その優しさに心がジン、と暖かくなり私はリクオ君の腕に両手を添えた。

「ありがとう。でも、本当に誰にも泣かされて、無いよ?」

安心させる為に笑顔を向けると目元をぺろっと舐められた。
そしてそれと共にリクオ君は私に問うた。

「じゃあ、寂しかったのかい?」

突然核心を突かれたその問いに思わず身体がビクリと震える。
でも、心配かけたくないので、私は笑顔を作りつつまた首を振った。

「だから、別に何とも無いから、泣いてない、よ?」
「オレに嘘つくんじゃねぇ」

リクオ君のその言葉にまた心臓が震える。
でも、寂しいって言ったらきっとリクオ君は更に心配する。
本当に心配させたく、無い。

リクオ君……。

眉を八の字にして、リクオ君を見つめると突然詰め寄られる。

「響華、嘘つくのはこの唇かい?」

え? と言葉を発する間も無く、更に顔を近付けられたかと思うと唇を重ねられた。
夢なのに、その唇の感触はしっかり感じる。
その感触だけでリクオ君が傍に居ると安心してしまい、私はゆっくりと瞼を閉じた。
が、リクオ君は私の上唇をゆっくり舐め食むと、すぐに唇を離す。

「あ……」

まだ、リクオ君を傍に感じていたくて、思わず目を開けリクオ君の顔を見る。
と、リクオ君は優しい目で私を見つめつつ、口を開いた。

「お袋さんが居なくなって寂しいんだろ? オレが埋めてやる」

私は、リクオ君の洞察力に驚く。

なんで寂しいって判るの!?
もしかして私の反応から、推測した!?

でも、その驚愕の後、リクオ君が私の思いを知っていると判ると、何故だかリクオ君に縋って泣きたくなった。
が、そんな事は出来ない。
夢の中とも言えども、リクオ君に迷惑はかけたく、ない。
私は小さく首を振る。
と、また頭から腕の中に抱きこまれた。

「響華は小せぇ時から変なとこで意地張るからいけねー。少しは頼りやがれ」

リクオ君の気遣う言葉が心に染み込む。
そして、それは迷惑になりそう、という想いを包み込み溶かした。
私は、リクオ君の胸の中で、泣き笑い状態になりつつも、こくりと素直に頷く。

「う、ん……うん。あ、りが、と。……さ、みしかった……の」

そして、リクオ君の着流しをぎゅっと掴み、暖かい腕の中、声無く泣いた。


泣きやむと、リクオ君は私を抱き抱え、しだれ桜の木の上へと移った。
そして膝の上へ座らせられると、顔中に柔らかくキスを落とされる。
私は、ただ、ただ、その唇の感触が気持ち良くて、それに身を委ねているとリクオ君がふいに口を開いた。

「響華……オレの家へ来い。絶対寂しい思いはさせねぇ。一生傍に居てやる」

ただ、その言葉が嬉しくて、すごく心が満たされた。
そして、リクオ君が本当に好き、という気持ちで一杯になる。
でも、これは夢。
夢での約束事、現実のリクオ君は知らない。
夢の中での約束だから、この時くらい自分の心に素直になってみようと思い、私は頷いた。
すると、リクオ君はそのまま、きつく抱きしめてくれる。

「響華、誰にもやらねぇ。オレだけのもんだ……」

うん。リクオ君……大好き

今度は私から思いを込めて唇を寄せた。
そしてしだれ桜の花びらが降り注ぐ中、思いを溶け合わせるようにいつまでも唇を重ね、抱き締めあった。







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