これは、響華が5歳の頃、鯉伴の誕生日の前日にあった話である。
煌々と月の光に照らされた奴良家の縁側で、鯉伴は手酌で酒を飲んでいた。

「こんな日は月華を思い出すや…」

そう呟きながら、目を細め月を見上げていると、突然見知った気配が背後に現れた。
いつもの事なので、鯉伴はその気配に向かってのんびりと振り向きながら口を開く。

「よぉ、今日はどうしたんだい……? 珍しいじゃねぇか、天華がうちに来るなんてな」

振り返った鯉伴は障子に寄りかかり腕を組んでいる天華を見る。
銀の髪を肩口で結い口角を上げている様は、どこから見ても美丈夫な青年に見える。
だが、れっきとした女性だ。
天華は鯉伴の顔をしばらく見つめると気になる事を口にした。

「ああ、今日はちょっとあんたに警告しに来ただけさ」
「はあ?」

警告? なんだそりゃ? 
そう訝しげな顔をする鯉伴に、天華は言葉を続けた。

「明日はあんたの運命の分かれ道さ。油断するんじゃないよ?」
「明日? そりゃどういうこったい?」

意味の判らない言葉に鯉伴は盃に口を付けながら、微かに眉を寄せた。
そんな鯉伴の様子を気にかける事もなく、天華は肩をすくめながら言葉を続ける。

「はっ、可愛い子に油断して背後取られるなって話しだよ」
「……そりゃ天華じゃねぇのかい? オレよりか背中ぶっすり刺される可能性があるじゃねぇか」
「かっははは、私ゃそんなヘマしないよ。現に一度たりとも泣かした事無いね」
「ヘマねぇ……」

豪快に笑い飛ばす天華をもう一度チラリと見る。
天華の言葉には嘘がある。

「……生前のお袋は天華の名呼びながら、時々泣きそうな顔してたぜ?」
「あー……珱姫は、一度は泣かしちまったかねぇ」
「ほらみろ…。女泣かせた事あるじゃねぇか」

ボリボリと後ろ髪を掻く天華に、いつも母を泣かせていた理由を問いたくなる時がある。
だが、親父も問う事をしなかった。

親父が聞かねぇんだ。二人の間で何があったか聞くなんざ無粋だぜ……。

鯉伴は、一度目を閉じるとフッと笑った。
だが、予想に反して天華は、その理由を口にした。

「ちゃんとケジメはつけたよ。あんたを心底想ってるヤツが居るから私なんか止めときなってね。それに何か私の性別間違えてたみたいだしねぇ。あぁ、珱姫の名誉の為にこの話しは誰にもするんじゃないよ?」

鯉伴は呆気にとられた。
確かに天華は男に見える。下手したら自分より漢らしい。

つーか、お袋もしかして天華の事、男と間違えたまま死んじまったのか?

鯉伴は軽く溜息をつくと、仕方なさそうに小さく笑った。

「んな事、誰が言うかよ。で、親父のヤツその時どうしてたんだい?」
「あぁ、あのバカかい? ………………ぶっ……………はははは」

突然笑いだした天華に鯉伴は目を見開いた。

「おいおい。どうしちまったんだ? 気でも触れちまったのかい?」

そんな鯉伴に天華は笑いを堪えながら、口を開いた。

「いや、あのバカも親父の威厳保ちたいだろうから、内緒にしとくよ。くっ…くっ…くっ…」

親父、お袋が天華に告白してる時何してたんだ? もしかして、女と遊んでたのか?

しかし、ぬらりひょんとは昔からの知り合いだった天華は、ぬらりひょんの性癖を理解はしてるだろう。
そんな時にぬらりひょんが女と遊んでいたとしても、天華は絶対笑い飛ばしたりしない。
反対に天誅でも加えるかもしれない。

つーこたぁ、余程間抜けな事を仕出かしたって事だ…。

鯉伴は悪戯っぽい笑みを浮かべると、天華に焼酎瓶を差し出した。

「やるかい?」

天華は笑いを納めると鷹揚に頷き、応えた。







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