2人を見送ると鯉伴は、またちゃぶ台の傍に座り込んだ。
そんな鯉伴を見ながら、天華は面白そうに口を開く。

「どうすんだい? 響華はまだ月華の代わりだと思い込んでるみたいだけどねぇ?」
「元凶が良く言うぜ……」

自分の膝に肘を付きながら、じとっとした視線を送る鯉伴に天華は豪快に笑った。

「かっはっはっ、あんたが響華に手ぇ出すからだよ。あの子はまだ子供なんだよ?」

子供だと言うが、響華は自分にとってかけてがえのない女性だ。
無意識に響華を求める己の心を自覚し、改めて響華自身を愛してしまった自分を受け入れた。
天華には判らない感覚だろう。

鯉伴は薄い唇を持ち上げる。

「オレにとっちゃあ、立派な女だぜ」
「何だって?」

『女』と言う言葉に不穏な響きを感じ、天華はうろんな目で鯉伴を見た。

「あんた、稚児趣味の気があったのかい?」

咎める様な口調の天華に鯉伴は苦笑いを浮かべた。

「おいおい、誤解を招くようなこたぁ言わねえでくれや……。いつの間にか愛しちまってたんだ。仕方ねぇじゃねぇか」
「まあ、響華の泣き顔を見て自分の気持ちに気付いたみたいだけどねぇ……」

確かにそうだ……。

鯉伴は心の内で頷く。
あの時、代わりと聞かされ声を押し殺し泣く響華に鋭い胸の痛みを覚えた。
それを自問した結果、響華自身を愛してしまった事に気付いた。

しかし……

ふと疑問が沸いて来た鯉伴は静かな目で天華を見つめ返した。

「天華は昔っから、何でも見通してやがる……。顔に出てたかい?」
「かっはっはっ、そんなもんさ。それより、響華を追いかけなくていいのかい?」
「今はリクオに貸しといてやるや……。今はな……」

天華は鯉伴の言葉に、目を細めると、少し考え込んだ。
そして、おもむろに口を開く。

「鯉坊。今日は、あんたんとこの坊主に一日預けな」
「どういうこったい? 天華」

切れ長の目に少し剣呑な光を宿して天華を見る鯉伴に、天華はにやっと笑った。

「坊主にもチャンスってやつを与えてやらなきゃ、公平じゃないじゃないか。それに最終的に選ぶのは、あんたじゃない。響華だよ」
「おいおい、オレの響華をリクオにくれてやるつもりかい?」
「まだあんたのじゃないよ。私ぁね。案外あんたんとこの坊主、気に入ってんのさ」
「へぇ……。天華に気に入られるたぁリクオもやるじゃねぇか……」

楽しそうに喉の奥を鳴らす鯉伴に、天華は「余裕あるじゃないか……」と零す。
それに鯉伴は当然というように頷いた。

「あたりめぇだろ? リクオとは、経験っつーもんが違うんだ。何百年生きてると思ってやがる」
「はん、私から見ればあんたはただの若造だけどねぇ?」

天華は鼻で笑うと御猪口をぐいっと傾けた。
酒で喉を潤した天華は、強い視線を鯉伴に向ける。

「とにかく、今日は2人の邪魔するんじゃないよ」

そんな天華をしばらく見ていた鯉伴は、小さく息を吐くと「へぇへぇ、判ったよ」と答えた。
こういう時の天華に何を言っても無駄だ。
と、天華がふと思い出したように口を開いた。

「そう言えば、京妖怪の事調べたのかい?」
「……ぬかりはねぇ。だが、封印が2つ解かれやがった」

厳しい顔つきになった鯉伴に天華は頷いた。

「ああ、私の耳にも入ってるよ。で、どうするんだい? 封印が完全でない今、百鬼連れて攻め込むかい?」
「いや、まだだ。あちらさんの思惑がまだハッキリ掴めてねぇ……」
「そうだねぇ。目的は400年前と同じだろうけどねぇ……」

呟く天華に鯉伴は顔を天華の方へ向けた。

「400年前っつーと……、羽衣狐と親父との一戦かい?」
「そうさ。転生するのはそれを成し遂げる為さ。あんなもん放っときゃあいいもんなのにねぇ……」

苦々しい顔をする天華に、鯉伴は疑問を感じた。
天華の口ぶりはまるで、羽衣狐自身を知っているようだ。
鯉伴は真実を見極めようと天華をじっと見た。

「天華……、オレに言ってねぇ事があるんじゃねぇのかい?」
「はっ、なんで鯉坊に包み隠さず全部ぶちまけなきゃいけないんだい? あんただって隠し事の一つや二つあるだろう?」
「そりゃそうだが、羽衣狐とぶつかるのは必然なんだぜ? 有益な情報は貰いてぇじゃねぇか」
「ああ、そっちの情報の方は安心しな。報酬の分だけ働いてるよ」

天華は、漢らしく笑うと、酒を一気に煽る。
こうなったら、天華は絶対口を割らない。
鯉伴は、聞き出すことを諦め、自分の御猪口に口を付けた。

今日も、酒盛りは数時間続く。







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