帰りたい
戻りたい

あの人の元に

戻りたい


フッと目を覚ますとそこは見たこともない部屋の中だった。
10枚ほどの畳が敷かれ、私はその中心に真新しい布団に寝かされていた。
優しく輝く太陽の光が障子から洩れ、部屋の中を明確にする。
木目のある天井板。
その中心には見たこともない四角いものがぶら下がっていた。
床の間には龍の絵が描かれた掛け軸が飾られているが、見覚えがない。

ここは、どこ?

と、自分の記憶が真っ白な事に気が付いた。

今まで何をしていたのか。そして、自分が誰なのか思い出せない。
思い出そうとしても、頭の中からは情報が得られなかった。

「わたし……何という名前だったかしら? 確か……」

コメカミを手で押さえながら記憶を探る。
だが、何も思い浮かばない。
塗り潰されたように真っ白。
思い出そうと頭に力を入れ努力していると障子の裏に人影が浮かんだ。
と思うと障子が開かれた。
そこに立っていたのは、三つの目を持ち、尖った歯を何本も口からはみ出させた妖怪だった。

「目が覚めたか」

その妖怪は問屋の主のような渋茶色の羽織を纏っていた。
無意識にペコリと頭を下げる。
三つ目の妖怪は自分の傍に来ると胡坐を組み、目を細めてニッと笑んだ。
その笑みは邪悪さを含んでいた。
そして私に手を伸ばすと顎を掴まれた。

「お前は自分が誰だか判るか?」

私は首を横に振る。

「お前は、我らが造った人形よ」

人形?
その言葉の意味が良く判らず首を傾げる。

「おっと、”月華”という名前があったな……ククク」
「げっか……?」
それが私の名前?

私は頭の中で自分の名前を繰り返す。
なんだか自分の名前という実感が沸かない。
でも、胸の奥の何かが自分の名前だと告げる。

「そうだ。貴様はこれから我らの為に働くんだ。いいな」

なんだか嫌な物言いに思わず眉根が寄る。
その日から、その三つ目の妖怪による教育が始まった。


自分の立場を教え込まれる。
私は妖怪の父と母を持つが、父が亡くなったので母の事情で三つ目妖怪に預けられた、ということ。
そして、双子の兄妹がいるということ。
写真も見せられた。
妹は私とソックリだ。
その妹の姿を見ていると懐かしいものを感じた。
そして常識も叩き込まれた。
何故だか判らないが、この世界の常識を知らなかったからだ。
電気、水道、車、ビル、学校。
これは三つ目妖怪が言うように、私が造られた人形だから?


そして私がこの屋敷で目を覚ましてから三か月後。
奴良組の本家に赴く事となった。
車の中で、三つ目妖怪にまた2枚の写真を渡される。
それはメガネを掛けた純粋な目をした少年の写真と、長い銀髪を靡かせ鋭く紅い眼をした青年の写真だった。
私は長い銀髪の青年の姿に目が釘付けになった。
誰かの顔が青年の顔に重なる。

だ、れ?

そして見ているうちに何故か涙が溢れそうになった。

違う。あの方とは違う。

胸の奥で何かが告げる。
でも、胸が苦しくて苦しくて泣きだしそうになった。
そんな私の様子に気付かない三つ目妖怪は、牙を剥き出しにしつつニッと笑いながら口を開いた。

「こいつは奴良組3代目総大将、奴良リクオだ……こいつを落とせ」
「おとす……」
「今の婚約を破棄させ、お前が成り代わるのだ」
「……」

その手法も教育された。
私は何も反論する事が出来ず、無言でいた。
三つ目妖怪は念を込めるように言葉を続ける。

「なるべく早目にな。……しかしあの子狐を欲しがるとは、あの方も酔狂なものよのう」
あの方?
後半の意味が判らない。
不審げに見るが、三つ目妖怪は私の視線に頓着せず、クックックッと邪悪げに笑い続けた。


本家に着くと、妹はまだ帰ってないと言う事で、三つ目妖怪と一緒に客間にて待つ。
と、数時間後、奴良家の妖怪達がバタバタと騒ぎ出した。

「リクオ様だー! 若が帰って来たぞ!」
「響華様もご一緒だ!足湯の用意だ!」

三つ目妖怪はそれを聞くと私を促し、玄関に向かった。
そして門が開くのを待つ。
しばらくして門から現れたのは、長い銀の髪を靡かせた青年と金の髪に5本の尾を持つ少女だった。
その青年の顔を見た途端、また誰かの顔がその青年の顔に重なった。
すごく泣きたくて泣きたくて、堪らなくなる。

この気持ちは、何?

自分の不可解な気持ちに戸惑っていると、隣に居た三つ目妖怪がひそりと囁いた。

「判っているな……」

私はその言葉に小さく頷く。
そして、泣きだしそうな想いを押し込めて、近付いて来た2人に笑顔を向けた。

「お帰りなさい。リクオ君。それに響華ちゃん」

2人は私の顔を見ると驚きの表情で固まった。








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