大勢の中の1人として生きるのが、心底嫌だ。



「あ、first nameちゃん?」
「おかけになった電話は現在使われておりません。」
「って、first nameちゃんじゃん。」

電話からは「ははは」と、愛想のいい笑い声が聞こえた。
彼は気にしている様子もなく、ところでと話を変えると今週の日曜日に映画に行こうと言い出した。

彼の名前は広末そらさん。とにかくチャラい。
喫茶店でバイトをしていた時に捕まった。ちなみに私はユニフォームについているネームプレート以上の個人情報は郊外していない。

バイト中に連絡先を聞かれたが、軽く流したはずなのだ。
それなのにそらさんは、友達の友達の従兄弟だか再従兄弟だか知らないが、とりあえずその覚えられないほどのネットワークを駆使してアドレスと電話番号を入手したらしい。
斯くして、個人情報が漏洩したせいでそらさんから、毎週のようにお誘いの連絡がある。

「日曜日ですか………。」
「うん、日曜日。」

ちなみに今日は水曜日、誘う時は必ず余裕を持って連絡してくるところになんだかんだで常識人だと感じる。
しかし、週の中日にテンションが低いのは全国共通だろう。
脳内では明日学校行きたくねぇええええと第二の人格が頭を抱えて嘆いている。

「すみません、バイトです。」
「来週は?」
「じゃあ、バイトです。」
「じゃあって何。」

心なしかそらさんの笑い声が乾いてた気がする。
それでも、謝れなかったのはそらさんが女の子には全員に、わけ隔たりなく平等に、均等に、同じことを言っていることを知っているからだと思う。

まるで、平成のガンジーである。

「first nameちゃんだけだから。」
「はい?」
「断られても諦められないのはfirst nameちゃんだけだから。」

そらさんの声が木霊する。
その言葉がやっと脳内に吸収されると、反射的に耳が熱くなった。

「な、なに言ってるんですか………!」
「ははっ、今first nameちゃんすごく可愛い顔してる!」
「見えてないくせに!」
「でも分かるよ、鏡見てみなって。」

ふと、壁際に置いたスタンドミラーに目をやると、柄にもなく顔を真っ赤にしている自分と目があった。

「今週の日曜日、俺待ってるから。来なくても待ってるから。」

笑いの消えた真剣なそらさんの声は、眠たくなりそうなくらいの心地の良い声だった。
一方で、そらさんが電話をきりそうな雰囲気を漂わせたことに何故かとてつもなく焦った。

「あ、あのっ………!」

気づいたらそう言っていた。

「何?」
「今週の日曜日は本当にバイトなんです…来週だったら、大丈夫です」
「うん、じゃあ来週の日曜日で!」

そらさんは明るく電話を切った。
しかし、電話が切れた後も私は携帯の画面から目が話せなかった。

別にそらが嫌いなのではない。そらの中の大勢分の1になりたくないのだ。

特別になりたい。
そう言えばなんだかくすぐったいが、結局のところ嫉妬してるだけなのだ。

一緒にいる時もきっと、入れ替わり立ち替わりで鳴り響く電話にそわそわするに違いない。
それでもそれ以上に日曜日が楽しみで仕方なかった。





ただ、そらさんにデートに誘われる話
そうだ、明日新しい服を買おう