デザイン系の高校を卒業してすぐ、日本のデザイン事務所に就職したものの、それだけでは満足出来なかった。
独立しようと思っていたところ、世界的にも有名なブランド、「ジョン・ピエール」の社長に専属のグラフィックデザイナーとしてヘッドハンティングされ行く年月、シャルル王国にも慣れ、最早第二の故郷と化している。

周りの人もいい人ばかり、アパートの大家さんは残業の多い仕事柄、とても心配してくれて頻繁に食事に招待してくれるし、社長は全力でやったことは成功も失敗も評価してくれる。
シャルル王国へ来て恋人もできて公私共に順風満帆な日々であ……


「first name!!」
「………キース様?」

私の恋人とはなんとリバティ王国の王子様。

王室御用達の「ジョン・ピエール」は王室に出入りすることは珍しいことでもないが、王室の人間が「ジョン・ピエール」に出入りすることは滅多にない。
グラフィックデザイナーの部屋に出入りするのなんて皆無。
そんな固定概念から、いきなりキース様が仕事場に現れたのには二度見するほど驚いた。

私は我に返り、興奮気味の他のデザイナーを宥め、口を開いた。

「このようなところへ何故?」
「何故じゃない!お前は俺の恋人と言う自覚があるのか!」
「も、勿論です!愛してます!」

一目も憚らずに発した直球の言葉が予想外だったのか、キース様は一瞬気の抜けたような顔を浮かべたがすぐに顔の筋肉を引き締めた。

むしろ引き締めすぎているくらいだ。眉間にはいつにも増して皺が谷底のように深く刻まれている。
キース様と付き合い始めたのは1年前。その中で今日は特に怒っているのに私は気づいていた。

「ま、まあ、ここではなんなので場所を変えましょう。」

キース様の背中を押して部屋を出ようとするとデザイナー仲間の全貌の声が背中に刺さる。
何が羨ましいのか理解出来ない。私が良くて打ち首、悪くて打ち首を覚悟してこの場を去ろうとしていることに誰も気づいていまい。頑張れ私。



「………ご連絡下されば私が伺ったのに。」

空いていた応接室に通すと、キース様はソファーにどっしりと腰をおろした。

「2週間だ。」
「は?」
「2週間お前は1回も俺に連絡をよこさなかった!」

この2週間の記憶を死ぬ気で思い出すと、後輩を叱ったことと、その尻拭いをしたことと、納期が遅れて家に帰れなかったことしか思い出せず、失礼ながらその忙しさの中にキース様が入り込む隙間はなかった。

「いや、だからご連絡下されば会いに……」
「first nameは平気なのか」
「はい?」
「俺の声が聞けなくても…俺に会えなくても平気なのか。」

そう、問うてくるキース様の瞳は寂しげに揺らいでいた。
それなのに私の心を満たすのは罪悪感ではなく幸福感だった。

「ぷっ………」

自然と笑みが零れた。

「な、何がおかしい!」
「いや、すみません。」

私は笑みとともに溢れた涙を拭い、キース様の隣へ座るとキース様の膝にそっと手を置いて顔を覗き込んだ。

「それって寂しかったってことですか?」

キース様は何も言わなかったが、不意にそらされた瞳が真意を物語っていた。

「生意気なやつ」

そう言って乱暴に私の胸倉を掴み引き寄せると、キース様は噛みつくようなキスをした。




キャリアウーマン
愛のある暴力を