恋、してるんだな。

アニメの主人公はそう言った。
昔観たそのアニメはどこまでも優しく、淡く、切なかった。
今日の午前10時はそんなアニメの雰囲気と少し似ている。

時計の秒針を聞くことにも飽きてきた頃、私はベットから体を起こしてテレビをつけた。
しかし、何処かの議員の汚職問題も、明後日あたりに来るであろう台風も、何もかもが他人事で、頭に入ってこない。

暇を持て余した私は、テーブルに置いた煙草に手を伸ばし、誰かが浴びるシャワーの音に耳をすませた。
私にとって、テレビでやってる番組よりも、煙の行き先の方が余っ程興味があった。

「あれ?」

いつも煙草のケースの中に一緒に入れているライターが見当たらない。
見慣れた自分の部屋を見渡し自分が置きそうなところをざっくりと探すが見つからない。
よくコンビニのレジ前に配置されている安物のライターはいつもこうやって私の前から姿を消す。

諦めかけた時、気づけばシャワーの音は消え、かわりにリビングに近づいてくる音が静かに響いていた。

「煙草やめなよ」

風呂場から出てくるなり、そらは私の手の中にある煙草を目にすると呆れたような声で言った。

「そのうちね、そのうち」

禁煙はダイエットと似ている。
そのうちだとか、明日からだとか、その類の言葉に実行の意思はない。
私も例外ではなく、永遠に来そうもないその日の話をした。

「やめる気ないくせに」

分かりきった答えを聞いて、悲しそうな顔で笑うのはそらの悪い癖だ。


私は知っている。
そらの言う、「煙草をやめろ」は、「夫を忘れろ」と言うことだと。

私が煙草を吸いはじめたのは約3年前。私の夫が死んだ日だ。
夫もよく煙草を吸っていた。私は強く残る煙草のにおいが消えることが怖かった。

そのことを知っていてそらはいつも、期待するように、そして試すように煙草をやめろと言う。


「ねえ」
「何?」
「たまには煙草の味以外のキスがしたい」
「そのうちね、そのうち」

そう言って私は近くのコンビニにライターを買いに行った。





そう言って、今日もまた