そらはいつも笑っている。

辛い時も悲しい時も、
いつも笑っている。


私はその強さに甘えて、
そらと向き合うことをしなかった。

きっと、これはその報いだ。


「じゃあ、行くね。」
「うん、仕事がんばって」
「本当、まいっちゃうよね!今度の仕事も大変でさ!偉そうだし注文多いし…」

そんな乾いた明るさが見ていて辛かった。
よく喋る時のそらは仕事じゃない。


そらはプロだ。
仕事モードの時のそらはどんな些細なことでも警護対象者の話はしないのを知っている。

「気をつけてね」
「うん、行ってくるよ」

そらは何かをはぐらかすように私を抱きしめた。
私は背中に手を回し、挨拶のように当たり前になったキスをする。

そして、そらは軽く手をあげて部屋を出た。

いつもと同じ、恋人というには後味のよすぎる別れ。
私に少しの未練もないのだと改めて思うと、小さな見えない針が心臓を刺した。


私はどれだけ頑張っても大勢の中の1人にしかなれない。



ふと、具体的にどれだけの事をそらにしてあげられているのか考えると、

何もなかった。

ただ、傷つけたくないを言い訳に腫れもののようにそらに接していた。


そう思うと、居ても立っても居られなかった。


“どれだけ”

何もしていないから大勢の中の1人でしかいられない。



何かしないと。
その何かが分からないまま、無意識に体は動いていた。


「そらっ……!」

勢いよくドアを開けると、すでにそらの姿はなかった。

いつもかってに天秤にかけて、貰ったくらいの優しさしか返せない。
そうして傷つかないように深入りを避ける毎回。

そんなの嫌だ。
ちゃんとそらを愛したい。

愛したいのに、愛したかったのに、
歩み寄るチャンスを逃してしまった。






「………first name?」

「………な、んで?」

下から私を呼ぶ声がして視線を下ろすと、壁にもたれてしゃがんでいるそらがいた。

そらは少し困惑しているような表情を隠すように頬を掻くが、私から眼を離す事はない。
その瞳が私を求めているようで、妙に嬉しかった。

私は体から力が抜けるのを感じ、ペタリとしゃがみこんだ。

「仕事なんて、嘘だから………」
「そんなの、知ってるよバカ………」
「だよ、ね………」

そう言ってそらは困ったように笑った。
こうやっていつも笑う。
見ていて辛い笑顔。

戸惑う私の様子を窺うようにそらは再び口を開いた。


「本当はさ、いつかfirst nameが止めてくれるんじゃないかって、さ…なんか、ごめん」

困らせたいわけじゃない。

そのために言葉を探すが、思い浮かぶ言葉は全てしっくりこなくて、

無言の時間が嫌で焦った私が選んだ言葉は飾ることのない本性だった。


「今更、行かないでって言ったら困る、かな……?」

言葉だけで伝わっているか不安で無意識にそらの袖を掴んだ。

「困るわけないじゃん」

その手を優しくとるとそっと、抱きしめてくれた。

いつものはぐらかすような曖昧なものではなく、あたたかく、強く、そして優しい。

「部屋、入ってもいい?」
「いいに決まってる!」





不器用な恋人たちに祝福あれ
あなたのくれる優しさより多くの優しさを