貴女が、ここにいるだなんて、
信じられない。
いえ、信じたいけれど…
夢ではないかと疑ってしまう。
メアリー、
今、私の目の前にいる貴女は
本物ですか?
涙と笑顔
グランコクマから少し離れテオルの森を抜けてすぐの草木に覆われた場所にジェイドは来ていた。
ジェイドの肩につくかつかないかの長さのハニーブラウンが風に吹かれて揺れる。
レンズの奥に隠された瞳は
今、まさに彼の手により息絶えた魔物の血の色と同じくらいに鮮やかな紅い色だった。
「………おやおや、呆気ないですねぇ。」
冷たい声音でそう吐き捨てるとジェイドは再び歩き出し、また新たな獲物を探す。
一歩彼が踏み出す事に魔物が現れるが何処からか取り出した槍で一閃して殺してしまう。
「……はぁ…」
殺しては進み、殺しては進みと…
そんな事を何度か繰り返すうちにジェイドは溜息を吐き立ち止まった。
「……この辺りも潮時でしょうか…」
サンプルとして採種したいくつかの試験管を太陽の光に透かしながら呟く。
中に入っているのは魔物の血液なのだろうか…
太陽の光にさらされたソレは鈍い赤に輝いている。
鈍い鈍い紅い色。
不純物も含まれた試験管の中身を軽く振ってからジェイドはそれらを懐にしまった。
「……?」
調度 その時だ。
背後でガサリと音がした。
気配もなかった筈なのに不自然に聞こえた音。
人か、魔物か……
どちらにせよ、見られたからにはサンプルとして私の役に立っていただきましょう。
「…誰です!!!」
そう思い言うが早いかジェイドはコンタミネーション現象を利用した槍を自分の腕から出現させて背後へと投げ付ける。
投げた槍は掠りはしたが標的に突き刺さる事はなく地面に突き刺さった。
それに軽く舌打ちをしてジェイドは再び槍を自分の腕に戻す。
見れば人影は、女性だったようだ。
槍を探しているのか女性は背後に振り向き慎重に辺りを見回している。
勿論、ジェイドがその好機を逃す筈などなく女性の喉に槍の切っ先をピタリとくっつけて片手を軽く捻りあげた。
「動かないでください」
自分が思ったより低い声が口から出たが、女性は恐怖や痛みにおののくどころか極めて冷静なのか…凜とした声で、
そして、あの私塾で…よく一緒にいた女性の声で喋ったのだ。
「………悲しいわね。ねぇ、ジェイド」
その瞬間、ジェイドは弾かれたように女性から離れた。
「……あら…?」
「……メアリー、………メアリーなんですか?」
メアリーが振り向いた途端にぐにゃりと泣きそうに歪んだジェイドの顔。
そんなジェイドの表情を見てメアリーも泣きそうになってしまったが、自分を奮い立たせて口を開いた。
「……ねぇ、ジェイド。私は悲しいの」
「……何故ですか…?」
「ジェイド、私は言ったわ。レプリカはその人にはなれないって…見た目だけなのよ。だから、レプリカ研究は止めるべきなのだと」
「………判ってます…」
「なら、」
「それでも、私はネビリム先生に謝りたい…!」
「………ジェイド……」
ジェイドの悲痛な叫びにメアリーは思わず手を伸ばし、彼の頭を撫でていた。
「……メアリー…?」
「大丈夫よ、ジェイド。ネビリムさんは、貴方を許してる。」
「……、」
「だから、もう……やめましょう?」
私には、それしか言えない。
だけど、許してると思うのは本当。
これで、ジェイドの心が動いてくれれば……
暫く待ってみても返事がないから、駄目かと思い始めた頃……
ようやく、小さな声だったけれど…ジェイドが口を開いた。
「………本当に……」
「え?」
「本当に、許してくれると思いますか……?」
「……私は、ネビリムさんじゃないから…絶対なんて…言えないけど、」
記憶の中のネビリムさんは何時だって優しくて聡明な女性で…
「…許してくれてるって、思うわ」
そんな彼女だからこそ、笑顔で、「そんな事気にしてるの、ジェイド?……馬鹿ね」って言ってくれるって思うの。
だから、もう…
自分を責めないで、
「………、すみませんでした…ネビリム先生……」
涙を流して謝罪するジェイドの顔を見ないように抱きしめる。
涙する程、ネビリムさんの事を気に病んでいたのかと思うと私も泣いてしまいそうになる。
「……メアリーも、すみませんでした……」
「いいの、…………良いのよ」
グッと抱きしめる力を込めれば
ジェイドも抱きしめ返してくれた。
暖かい、ジェイドの体温。
ずっと、ずっと逢いたかった彼に
今、私は逢ってる。
それだけで、
心は満たされていく。
「………"ただいま"、ジェイド…」
「…"お帰りなさい"、メアリー」
やっと帰ってこれた…
愛しいあなたのもとに。
笑顔で迎えてくれて、
約束を覚えていてくれて…
ありがとう、ジェイド。
<To be continued>