足跡を追って


見付けたのは………




恐怖と別れ……



終幕




赤く点々と続く血液と足跡を追って辿り着いたのは
開けた場所。




ここは
前に一度ジェイド達と来た事がある…。


確かロニール雪山が近く
奥深くまで行ったら迷ってしまう、と聞いた場所……




どうしてこんな所まで足跡が……?



「――っ…だ!」


「―ェ――ドォっ…!」


「―――よ…?」




風に乗って声が聞こえる。

多分、三人。
行かなくちゃ…!



そう決断したメアリーは走り出した。
坂道を上がりきると瞳に映ったのはネビリムがジェイドと対峙している姿。
傍らにはサフィールが横たわっている。




「…………ネビリム、さん…?」



どうして?
なんで、ネビリムさんが……



「!メアリーっ駄目だ!逃げろ!!」


声を張り上げるジェイド。
だけどメアリーにはそんな声は聞こえていない。
ただ立ちすくんでネビリムを見つめるだけ。


「あら…。メアリーなの…?」


ネビリムがメアリーの姿を捉えた。
髪の合間から見える表情は
あの優しいネビリムからは掛け離れた歪んだ笑みが浮かんでいた。





「メアリー…、会いたかったわ。」



ジェイドから一歩ずつ離れる代わりにメアリーに近寄るネビリム。
その姿に恐怖が沸いた。
身体が震えだしてやっとの思いで口を開く。




「ネビリムさん……、サフィールは……」


「ふふっ。大丈夫よ。」


「本当ですか?!」


良かった、と息を吐いた私にネビリムさんは言葉を続ける。


「だって、サフィールは一人で逝かないもの。」


「ぇ…」


「すぐに、ジェイドやメアリーもサフィールと同じ場所に逝くのだから」


「ネビリムさん…?どうしたんですか?貴女らしくない……」



楽しそうに笑う彼女に顔が引き攣りつつもメアリーはネビリムに手を伸ばした。



「…ごめんなさいね、メアリー。」



メアリーの手を優しく握ってネビリムはいつものように微笑んだ。


「メアリー!ソレは失敗作だ…!殺せ!」


「ジェイド…?」



ネビリムからジェイドに視線を映した時だった。




ドッ!!




鈍い音が響く。
何が起きたか解らなかった。



だけど、ネビリムさんを見れば唇は美しい弦を描いていて
腹部に視線を向けると紅い液体と彼女の腕が突き刺さっているのが見えた。



「ぐっ……!」



ピースがカチリ、と音をたてて嵌まった。


ジェイドの 失敗作という言葉。いつもと違うネビリムさんの表情。



そう、彼女は……
ゲルダ・ネビリムじゃない。

レプリカ……





「メアリー!!」



レプリカネビリムに瀕死の傷を負わされたメアリーを見てジェイドが叫ぶ。



「ふふ、貴女は愛されてるのね。メアリー。でも……まだ死んだら駄目。」


立ち続ける事が出来ずに膝をつき俯いたメアリーの頬を撫でながらレプリカネビリムは囁く。
馬鹿にするような囁き。
だけどメアリーは反応しない。

それにつまらなさそうに軽く舌打ちをすると再びジェイドへと歩みを進めた。



「―――ち――い……」



感情が抑え切れなくなる…。
ネビリムさんの為にも、彼女だけは許せないっ…!


痛みなんて感じてられない。
彼女は壊さなくちゃイケナイ…!



「待ちなさい…!!!」




怒鳴り声が空気を震わせる。
ゆっくりと立ち上がるメアリーの瞳には怒りと悲しみが篭っていてジェイドは息を呑んだ。







僕に近寄ってくるネビリム先生の失敗作。
後 少しで僕の譜術が完成するというときにメアリーの怒鳴り声が聞こえた。








初めて見るメアリーの怒った瞳。
いつもは穏やかに細められる緑も今は光を感じない程に冷たい。





失敗作はメアリーの呼び掛けに振り向き、次の瞬間にはメアリーと激しい攻防戦を繰り広げていた。




ジェイドが持ち出した筈の剣を手にメアリーはネビリムに切り込む。
だが そう易々と攻撃を喰らう筈もなくネビリムはバックステップで軽やかに避けた。


「メアリー……。私、本当はずっとあなたが邪魔だったのよ。」

「烈震 岩砕破!!」

ネビリムの言葉を聞かないようになのか、メアリーは剣で地面を削りあげるように振り上げた。削られた砂や岩はネビリムを襲う。
だがそれも簡単にあしらわれた。



「でも、家もない貴女は可哀相だったの。だから、私は拾ってあげた。」


腕で防御しながらネビリムは口を動かし続ける。
体力はネビリムの方が消耗している筈なのに 肩で息をしているのはメアリーだった。



「…違う!ネビリムさんは……っ」


「何が違うの…?」



クスクスと笑うネビリム。
彼女はレプリカで合って本物のネビリムさんではないのに…
まるで 本当のネビリムさんに言われているようだった。




心臓を太い杭か何かでえぐられたような痛みが走り、どうすれば良いのか解らなくなりそう……。

暗闇に置き去りにされたような…。






「馬鹿メアリー!惑わされるな!」



ジェイドの声にハッとした。
私は何をしてるの、



後少し 意識を戻すのが遅ければネビリムに殺されていた…



「…ネビリムさん。私は貴女に感謝してるんです…。ありがとうございました。」




目の前に居るのはネビリムさんでは、ないけれど…
私は御礼を口にしていた。


これが、最後。
私にとってもネビリムにとっても。

血を流し過ぎた私にはもう力は残ってない。


だから、これで終わらせる。




「…これで終わりよ!
闇夜に堕ち行き、煌めけ夢よ。万物の戒めとなれ!
アンセイティン・デスティニー」


第一音素から第六音素までの力が織り交ざってネビリムに発動される。
初めて使ったメアリーの秘奥義ともいえる技。


これを喰らったネビリムはよろけるも倒れたりはしなかった。
だが無事、というわけでもない。
背を向けてゆっくりと山奥へと進んで行く。



「っ…ぅ……」



止めたくても止める気力もない。
冷たい雪に倒れ込みながらメアリーは初めてこっちの世界に来た日を思い出していた。




ただ違うのは
自分は助かるのではなく死ぬ。
それだけだ。



「ジェ、イド……居る…?」


出血のし過ぎで意識が霞み始めた。
時間が、ない………。



「…あぁ、ここにいる…」


伸ばした手に温かい体温。
冷たいけど、暖かいね…ジェイド…



「ね…ジェ……ド………約束しましょ…。わた、しと…」


「……あぁ」



声が段々 出なくなってるの。
聞きづらいよね、ジェイド…
ごめんね…。




ねぇ、ジェイド。
貴方は死が解らないと言ったわ。




もし、よ?
もし。
私が死ぬ事で悲しんでくれるのなら
貴方は解る筈よ。



レプリカは禁忌なのだ、と。



今じゃなくても良い。
いつかは気がついて…。



「私、死ぬわ……ね……。」


「そんな事ないっ!僕が、いる!僕が…!!」


「レプリカは……駄目、よ…?」


「っ…どうして!!」


「前、いった……。だから、やく…そく…」


「………、」


「わたし、帰ってくるから……」


「ぇ…?」


「帰ってくる…。必、ず……。だから…」



"お帰り”って言って欲しいの。


覚悟は決まったわ。
再び私がここに来れるなら
私は………

私の世界を捨てるから…。



だから、ジェイドは笑ってただ一言"お帰り”って言って……。




「なら、メアリー……っ…。僕とも、約束だっ!」


「っ…?」


「帰ってきたら、伝えたい事がある……」


「……ん、……わか……た」



ジェイド。
本当はね、ずっと貴方と生きていたいの。


だけど無理、みたい。





もう貴方が見えない。



もう手を、握り返せない。




さよならね、ジェイド。


また、いつか…――――。




だから、泣かないで…。
泣かないでよ、ジェイド…。





「メアリー…?」

微笑んで目を閉じたキミ。
もう二度と目を開く事はない。


二度と笑い掛けてくれないし、僕の名前を呼ぶ事もない。



僕には、まだ
レプリカが禁忌だとは思えないけど……


だけどメアリー。
初めて…。


初めて、"死"が悲しいと思ったよ。同時に怒りも沸いたんだ。




「……メアリー……、好きだよ…」



だから今だけだ。
泣いてもいいだろ?



「……っ…ぅ…メアリー、…」



ギュッと強く抱きしめた身体は
ボロボロと形を失い始めた。



駄目だ、……まだ逝くな…!


まだ、僕の隣にいろよ…っ!




逝かせないように強く抱きしめたメアリーの身体。
だけど まるで笑ってからかうメアリーみたいにスルリ、と僕の腕から無くなった。


「…逝くなよ…ッ!!」



空を仰げば、珍しく晴れ。

ぼやけた視界にキラキラと輝く音素が還っていくのが見えて
僕は無駄だと解っているのに空へと手を伸ばす。


腕を掠める風は暖かく感じて、メアリーが僕の手を握ってくれたような……そんな気がした…――――。









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -