約束よ。


私は何が合ってもジェイドのもとに帰ってくるから…。



だから、"いってきます"。



終幕への第一歩





「メアリー。話がある。」


「?話?」


首を傾げながらメアリーが聞けばジェイドは何やら言いづらそうに顔を反らした。



ジェイドがおかしい行動をするのは、今に始まった事じゃない。
あの日………私が研究をしている事が、ばれた日から
ジェイドの態度は何処かよそよそしくなってしまった。


こうやって話し掛けてくれる事がめっきり減った。
前は授業中も呼び捨てにしたくせに今では先生と呼ぶ。



それが、私には何だか悲しかった。




話し掛けて欲しいし、目を合わせて欲しい。


他の子には思わないのに
ジェイドには望んでしまう。



この気持ちは何………?




「メアリー。今日の3時…。ここで待ってる。」


「!えぇ…解ったわ」


用件を伝えるジェイドの視線は##NAME1##に定まり、久方ぶりに紅と緑の視線が交わった。


「……」

「……」


「じゃぁ、僕はもう行く。」

「また後で、ジェイド…」



暫くの無言の後、ジェイドは踵を返して席へと着いてしまった。



それからはお互いに話す事もなく授業は終わった。






「メアリー!」


「あら、ピオニー…」


「ちょーっと、いいか?」


武器の手入れをしながら時間を潰していたメアリー。
ピオニーに問われて時計を確認すれば、2時30分。
約束の時間にはまだ余裕があった。


「えぇ。」

「なら、来てくれ」


武器を机に置きながら頷けばピオニーは私の手を引いて何処かへと向かう。


私はそれに大人しくついていくだけしか手だてがない。


「ねぇ、ピオニー。」

「何だ?」

「何処へ?」

「…んー。まぁ、この辺でいいか。」



そう言って 立ち止まったのは
ベンチがひとつある場所。
それに座りながらピオニーはメアリーを隣に座るよう促した。



「単刀直入に聞くが……」

「えぇ」


「メアリーは……、ジェイドの事好きか?」


「………。何?薮から棒に…」


「いや…気になったんだ。……ジェイドがよそよそしい態度をとるたび………メアリーの表情が泣きそうだったからな。」


「……私、そんな顔してたの…」



ピオニーの質問に訝し気に眉を寄せていたメアリーだったがその言葉には目を見開いた。



「で…どうなんだ?」


「私は…」


「あぁ、勿論異性として、だ。」



答えようと口を開けば先に釘を刺される。
好き、と紡ごうとした唇は動きを止めて そのまま閉じられた。


「……」



ピオニーの視線が痛い。
考えざるを得ない。


私はジェイドを好きなの?



だから 彼が私を見ていてくれてなくて悲しかったの?


好きだから、私は彼に望んでしまうの…?



「解らない……」


「……メアリー。」


「好き、なのかもしれない。けど、解らない。」


「そうか…。」



まだ、解らない。
ジェイドを異性として好きか、なんて。


いいえ……
本当はもう判ってるの。


ただ 認められない。



だって 私とジェイドの間には壁がある。

"世界"という高く険しい壁が……。



私は戻れない、と決まったわけじゃない。
ならこの気持ちを自覚したら辛くなるだけなの。



認めてしまえば楽。
だけど 私には"世界"を捨てる選択はまだ出来ない。



「…ごめんね、ピオニー…。」

「おいおい…。これじゃ、俺が振られたみたいじゃないか」


「ふふっ、そうね」


冗談を言うピオニーに乗れば
彼は安心したように笑った。


「よし。そろそろ俺は帰るな。すまないな、こんな話して。」


「えぇ。大丈夫よ。……むしろ、ありがとうピオニー」


歩き出した彼の背中に御礼を言えばピオニーは手を上にあげてヒラヒラと振った。


その姿を見送った私は
ジェイドとの約束と武器…月影の舞姫を置きっぱなしにした事を思い出して急いで踵を返した。






「メアリー?」


約束の時間ぴったりにジェイドはやってきた。

部屋に入って辺りを見てもメアリーの姿はおろか人の姿はない。


まぁ、どうせ直ぐに来るだろう…メアリーは約束を破ったりしない。
そう判断したジェイドは椅子に着こうと歩く。



そして一際大きい机を横切る時にメアリーの武器である剣…月影の舞姫が目に留まる。



「これは……。
確か…メアリーはこれで、音素を集めるんだったな……。」



戦闘しているメアリーの姿が脳裏に浮かんだ。
だが ここにこの剣がある理由が思い付かない。


確かメアリーはコンタミ現象のようなもので剣を仕舞えた筈…
なのに置きっぱなし…?



本人に片付ける気がないか…
忘れているか…か?




「………少しなら……」



そう思い剣を持ち上げた。
重いのかと思ったそれは重量をあまり感じない。
それに何か、力が溢れるような気がする…



「今なら…第七音素が…使えるかもしれない…」



使える筈もないのにジェイドはそう錯覚した。
唇は第七音素を使う為の譜を紡いでいく。



異変に気付いたのはネビリムだった。






「駄目よ!ジェイド!」


異様な第七音素に気付いたのだろう、ネビリムは慌てて部屋に入って来た。
だが、もう遅かった。


譜術は完成していたのだ。


勿論、第七音素の素養がない者が使えば行き場を失った力は暴走するに決まっている。
例外なく、第七音素が暴発し…辺りは一瞬で炎に包まれた。



「…ジェ……イド……」

「…せ、……先生………僕…今なら、第七音素が使えるって……」

「私は……いいから…早く、逃げ……」



ジェイドを庇ったネビリムは瀕死の状態ながらも彼に逃げるよう伝える。
だがジェイドは呆然としたまま動かなかった。


「……大丈夫だよ……先生…。まだ、間に合う…」


涙を流しながらも口角をあげるジェイド。
立ち上がると剣とネビリムを引きずりながら外を目指した。




燃え盛る家。
がやがやとざわつく大人達。
音素の暴走により回った火は勢いを増すばかりで…消火活動は一行に進まなかった。



「どうして…!?」


「あぁ、メアリーちゃん!良かった…!無事だったんだね!」


メアリーが戻ると既に家は燃えていて 心配していた近所の人が彼女の無事を喜んだ。


「!ジェイドは!?ネビリムさんは?!」


一瞬 呆けたメアリーだったがジェイドが居る事とネビリムの家だ、という事を思い出し二人の安否を尋ねる。
だが それに答えられる者は誰もいない。


「…まさか、………中に……?」



ネビリムもジェイドも辺りにはいない。
この火の勢いだ。
もしかしたら…中に取り残されたのかもしれない。


「……っ……そんな…。」


最悪の状況がメアリーの頭の中を駆け巡る。
ふるふると頭を振って考えを打ち消すが不安は拭えない。
ならば、とメアリーは息を吸い込んだ。



「皆さん!!今から私が消火します!!下がって!」


メアリーの声に消火活動をしていた大人達は離れていく。
それを見届けたメアリーは譜術を発動すべく眼を閉じ集中する。







次にメアリーが眼を開いた時には 火は全て消えていた。



「…ふぅ…」

歓声があがるなか 燃えて原形を失いかけた家へと近寄る。
そして気が付いた。


何かを引きずった後、子供二人分の足跡。
滴り落ちた血液に。




<To be continued>
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