53
どこからが嘘なのか疑った。
どこからが偽りだったのか考えた。
どこから嵌められていたのか思い返した。
「君に自由を与える?それこそが間違いだ」
じゃあ、端からすべてが彼の筋書き通りだったのか。
「僕は絶対だ。君を逃がすはずがない。この手で連れてきた兎を逃がすなんてありえない」
「全て、征十郎の筋書き通りだったわけだ。この私の自殺行為も」
「当たり前だ。前々から頭の中で計画してたんだよ」
私が逃げ出す前からずっと。
彼の頭ではこの逃走劇をずっと計画していたのだ。
「君は死んでない。だって、これこそが『嘘』なのだから」
「…『嘘』?」
「そう、『嘘』。だから君は死なないんだ。そうだね、この逃走劇……君が部屋から逃げ出したところから『嘘』が始まっていたんだ。僕によって『創られた嘘』によって」
最初からこれは『嘘』だった?
「だけどね、『嘘』であるけど『現実』でもあるんだよ」
ますます意味が分からなくなってきた。
どういうことなんだろう。
「僕の自分自身の能力は、『嘘を創り出せること』……『別の仮の世界を創りだせる』と言った方が分かりやすいかな」
「……じゃ、あ。この世界はすべて偽りだってこと?この世界自体」
「そうだよ。だけどね、僕たち…僕と名前、そしてテツヤに涼太、真太郎に大輝、敦だけは本物だ。あとはすべて偽物……僕によって創られたものだ」
その言葉を聞いて思い浮かんだ人たち。
全てが嘘?
偽物?
「……じゃ、あ…私を拾ってくれた静音おばあちゃんもそこにいた日嗣もすべてが、征十郎によって創られた偽物……?」
どうか否定してほしい。
どうか嘘だと言って。
彼は、口を開けた。
「――――全部僕が創った偽物だよ。本当の『現実』には存在しない」
カラン……
力を失った右手から剣が落ちた。
空しく音を立てる。
「……そ、っか」
ぽとり、と涙が零れ落ちた。
心が空っぽになったみたいだ。
「全部、全部、私の勝手な自己満のための逃走劇だったんだ」
カツン、靴音が鳴った。
「ああ、可哀想な名前。だけどね、それは違うよ。この物語は君の自己満のための逃走劇じゃない。僕の暇つぶしのための逃走劇だ」
なんて、ひどい嘘なんだろう。
なんて、ひどい言葉なんだろう。
「ほら、おいで。もう、君は僕のものなんだから」
ぎゅうっと抱きしめられた。
ひどく彼の匂いが懐かしい。
「君は最高だよ。最高な逃走劇だった。最高の暇つぶしになったよ」
最低な逃走劇だった。
最低な結末だよ。
「愛してるよ」
それはとても残酷な言葉だと思った。
[*prev] [next#]