52


血飛沫が舞った。
それは確かに見た。
確かに見たはずだった。


「――――え」


首を斬ったはずだった。
頸動脈を斬ったはずだった。
確かに、首を斬った感覚がある。
血が出た感覚もした。
なのに、なん、で。


「言ったでしょ?馬鹿で愚かって」


目の前の彼は未だに笑っていた。
一体どうなっているんだ。


「私は、死んだんじゃ…」


「死んでないから、しゃべっているのだろう?僕と会話をしているのだろう?」


「だって、だって!!じゃあ、この血は何!?剣につく血、首から出る血、全てをどう、説明すんの!?」


確かに、斬った感覚はあったのだ。
じゃあなぜ死んでない?


「僕がみすみす君を死なせるとでも?」


彼は、馬鹿にしたように笑った。


「それこそ、おかしな話だと思わないかい?それこそ、馬鹿な話だと思わないか?」


おかしな話?
馬鹿な話?
そんなことない。
これはすべて現実だ。


「――ああ、君の唯一の血縁者も殺されたんだね」


「……その殺した張本人は灰となって消えたけどね」


全てが嘘だとしたらどうしよう。
全てが偽りだとしたらどうしよう。


「名前に見せるのは初めてだったね。これは僕の杖の能力だよ」


やはり、嵌められていたのだ。
全ては彼に。
絶対なる彼によって。


「さて、名前。鬼ごっこは終わりだよ。僕が君の前にいるんだからね」


「逃げるよ。私は自由になりたいから」


「その言葉は何度も聞いてきたよ。耳にたこができるくらい。聞き飽きた」


「何度でも言うよ」


口調だけは強気で答えていた。
だが、足や腕は恐怖からか震える。


「――――戯言は聞き飽きたと言っているんだ。何?名前の目の前にいるのは誰?誰だと思っているんだ?」


綺麗な瞳だと思った。
だけど今は恐怖の対象の一つでしかない。


「僕は君の死も操れる。僕が絶対だ」


目の前にいる人物は、私を連れ去り、そして逃げられない檻に閉じ込めた絶対的なる人物。
赤司征十郎だ。


「君に自由を与える?それこそが間違いだ」


オッドアイの瞳が私を捕えた瞬間だった。


[*prev] [next#]