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「捕まえにきましたよ、名前」


黒子テツヤ、影の薄さを利用して軍の諜報を担当している。
そして、別名『音無き殺し屋』だ。
真太郎のように死角からではない。
正面から、どこからでも相手を知らぬ合間に殺すことが出来る。


「っ、テツヤ」


「ん、あなたの血はなんて甘いんでしょうね。今なら紫原くんがいつも言ってる『食べたい』と言う気持ちも分かります」


頬から流れる血を舐めるテツヤ。
ほんとに敦のようだ。


「テツヤ、あなただけは信じていたよっ!」


私は遠心力を利用して鞘から剣を取り出し、テツヤに斬りつける。
それを一瞬で避けるテツヤにさすがだな、と思った。


「……本当に青峰くんの言ったとおりですね」


「…え?」


何を言ってるの?
ふと、テツヤの口元が上がった気がした。


「…戦場に出たことないですからね。しょうがないです。でも、名前」


カチャ…


「え?」


目を見開くことしか出来ない。


「僕の能力は、覚えているはずですよね?」


ほのかに香る柑橘系の匂いに私は顔を青ざめるしかない。


「ねえ、名前っち、痛かった?」


私のことをそう呼ぶのは一人しかいない。
これまた、厄介な。


「涼、太…」


「そうっスよ、名前っち」


ぐりっ


「いっっっっっあああああああ!」


涼太の手で右腕の傷を抉られる。
感じたことのない痛みに涙が出る。


「あはははは!痛い?痛いっスよね?俺も名前っちが逃げてこれくらい痛かったんスからね?」


「くっ、あっあああああ」


ぐりぐりと何度も抉られることによって、血が尋常じゃないほど出てきて、とうとう剣を持つ手先まで血が伝ってきた。


「…はあ。黄瀬くん。それくらいにしてあげてください。君には、名前の痛がる顔を見るのが趣味でしょうが僕はそんな残酷な趣味はないんで」


「何言ってんスか黒子っち!俺にもそんな趣味はないっスよ!」


「あっ、はな、せっ」


私は渾身の力で涼太の右手を離そうとする。
だけど男女の差。
無理だった。


「嫌っス。もう、名前っちほんと幸せボケしすぎっスよ?黒子っちの能力を忘れるくらいっスもんね」


私は心の中で舌打ちをする。
テツヤの能力は、他人も影を薄く出来ることだ。
それが何人でも。
だから、私は近づいてくる涼太に気づくことができなかったのだ。
そして、テツヤの剣は…―


「名前、残念ですね。もう少し逃げ回る君を見たかったのですが、無理なようですね」


「…っ、逃げる。私は逃げる」


「そんな強情はらないでくださいっス。強気な名前っちも好きっスけど」


「うっるさいっ!」


私は、剣を振り上げ涼太に突きつける。
涼太は笑いながら、余裕そうに避ける。
しかも、涼太は愛銃を持ってるし。


「絶対に、捕まってなんかやんない!私は、逃げる!」


テツヤに向かって走る。
さすがのテツヤもまさか自分に向かってくるとは思わなかったのだろう。
驚いた顔をしていた。


「……だから、名前っちは愚かでかわいいんスよね」


そんな涼太の言葉は私には届いていなかった。



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