ああ、今でも鮮明に覚えているよ名前。
『…ほら、辰也来なさい』
父に部屋の鍵を開けてもらい、重苦しい部屋から出る。
今日、やっと俺は妹に会える。
ずっとずっと、屋敷の一室に閉じ込められていた俺は、数年ぶりに部屋から出れる。
1年前に生まれた妹は“名前”と言うらしい。
妹ができたという真実しか知らなかった俺は、ずっと妹に会いたかった。
どんな顔をしているのだろうか。
ずっと楽しみでしょうがなかった。
『こっちだ』
父に障子を開けてもらい部屋に入る。
そこには母に抱きしめてもらっている小さい妹がいた。
『…辰也、来たのね。名前ですよ』
母に抱きしめてもらっている妹は、とても小さかった。
俺と同じ漆黒の髪。
目の色は、少し違うのか?
血が繋がっているのだと実感した。
『んあっ』
妹が俺に小さい手を伸ばしてきた。
俺は、右手を上げその伸ばした手に寄せた。
すると、ぎゅうっと掴んできた。
そして、妹は喜んだように笑うのだ。
なんで嬉しい?
ただ俺の手を掴んでいるだけじゃないか。
『きゃっきゃっ』
喜んでいる妹の…名前の顔を見て俺の心に生暖かいものが広がった。
お前だけだよ、名前。
俺を俺として認識してくれてるのは。
『っ、名前っ』
俺は、その小さくて少しでも力をこめると壊してしまいそうな存在を抱きしめた。
『名前、名前っ』
なんて、愛しい愛しい俺の妹。
お前だけなんだよ。
『…ほら、戻るぞ辰也』
父の言葉に現実に戻された。
嫌だ、離れたくない。
そう思っていても、父には逆らえないので名前を離す。
そして、障子戸を開け、閉じようとしたときにもう一度名前を見た。
すると眼が合い、名前は笑った。
『(ああ、離れたくない)』
俺がんばるから。
いつかこんな世界を抜け出して名前と一緒にいたい。
隣にいたい。
俺、がんばるから。
だから、待ってて名前。
その名前が、今目の前にいる。
この事実を知らない名前がいる。
いや、もう知ったのか。
だけど名前、そんな顔は嫌だよ。
お願いだから俺だけを見て。
俺だけをその瞳に写して。
ずっと願っていたよ、名前。