『さよならを言いに来ました』
ああ、この言葉を言ったのは誰だったっけ。
いつ、言われたんだっけ。
ずっとずっと…遙か昔の記憶だった気がする。
−−−−−−−−
「…テツヤ、大丈夫かい?」
黒子は、一瞬で刀を抜き空気を切る。
「はい。大丈夫です」
「では、行こうか。姫様を取り返しにね」
この松奏院家で名前の次に偉いと思われる赤司に続き、家を出て行く少年達。
さて、運命の一日が始まる。
−−−−−−
「…そろそろ、やな」
今吉の声が響いた。
朝日が山から顔を出してきた時間のことだった。
「花宮」
「っ、辰也様」
ある部屋の一室では、名前が安らかな顔で眠っていた。
その顔をいつもの顔よりも優しい顔で見つめる花宮の姿を目にした氷室は声をかけた。
「…また、名前のこと見てたの?」
「またってなんだよ、またって」
「あれ?俺の記憶が正しければ名前が来てからずっと寝顔を見に来てるよね?」
「っ!!!」
「はあ、名前が起きてるときに逢いに行けばいいものを…」
「無理に決まってるだろ!!!」
氷室の挑発染みた言葉に花宮は声を荒げる。
「俺が逢えるはずないだろう!?俺のことを覚えているはずがないのに」
ずっとずっと、逢えるのを楽しみにしていた。
ずっとずっと、傍にいることを夢見てた。
ずっと、ずっと。
「俺は、影で見守っているだけでいいんだよ」
ずっと前から俺は、こいつのヒーローにだってなれやしない。
そんなこと分かってた。
「花宮、そういえば一つ報告し忘れてたよ」
「…?」
氷室の口が弧を描いた。
「君の知り合いの『彼』、あちら側にいたよ」
「!!!!!」
氷室の言葉で花宮が驚愕の表情に変わった。
「……そう、か」
ああ、また彼は裏切ったのか。