鏡に写った虚像

「んっ……」


「ああ、起きた?」


記憶の旅から戻った私は、まだぼんやりとする頭をはっきりさせようとした。


「……辰也、くん」


「ああ、懐かしいなその呼び名。君しかその呼び名で呼ばないからね」


私の頭を撫でる辰也くん。
なんか、やっと頭がはっきりしてきた。


「…辰也くん」


「なんだい?名前」


「帰して」


「え?」


「私を松奏院に…みんなの元に帰して!」


バリリリンッッ


近くにある鏡が割れた。


「…何を言っているの?名前。帰すはずないよ」


「っ、なんでっ!」


「やっと俺の手に戻ってきた小鳥をそうそう逃がさないよ」


にこりと笑った。
鳥肌か立つ。


「いっそこのまま記憶を改ざんしちゃおうか」


「え、」


「いいよ、名前。記憶は、忘れたままで。その代わり俺が新しい記憶を植え付けてあげる」


「っ、嫌だっ」


「どうして?」


「記憶を取り戻すと約束、したの!」


「……ふーん」


辰也くんは、急に立ち上がり割れた鏡の方へ向かう。
そして、大きめな破片をつかみこちらへやってくる。


「た、辰也、くん?」


冷や汗が流れ始める。
そんな笑いながら近寄らないでよ。


「ごめんね、名前。ちょっと痛いかも」


「え、」


その瞬間、左足に激痛が走った。


「っぁぁあああああああぁぁあああああっっ!!!!!」


痛い痛い痛い!!


「痛いよね。でも名前が悪いんだよ?俺の言うこと聞かないから」


ぐりっ


「ぃっああああああっ!」


私の左足にに刺さった鏡の破片が容赦なく押し込まれる。
そして、抜きさった破片を見てから辰也くんは、私の血を一舐めした。


「…名前の血は甘いね」


「っ、た辰也、くん、っ」


「でもさ、ほんと君は記憶を取り戻さない方がいいよ」


「なっ、んで」


辰也くんは、左足に左手を載せる。
そして、瞳を群青色に染めた。


「それは、君が一番よく分かってるんじゃない?」


「えっ…」


いつの間にか、左足の傷が痛みとともに無くなっていた。


「だって、名前が記憶を自分で無くしたんだろ?」


「え……」


そうなの?
私が無くしたの?


「……ああ、ごめん。今はまだ全部思い出せてないんだったね、聞いても無意味だったね」


そして、辰也くんは私に掛け布団を被せる。


「もう少し休んでな。その左足、完全に治ったわけではないからね」


辰也くんは、「おやすみ」と言って頭をひどく優しい手つきで撫でた。
そのまま私は、深い眠りに落ちたのだった。


「……ほんと、今だけだよ幸せは。君の記憶が全て蘇ったとき、名前はいったいどんな表情をするんだろうね」


罪深き、愛しき姫よ。
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