『――あれ?迷子?』
『……へ?』
漆黒の髪は、風で綺麗になびいている。
『だって、君、泣いてるよ?』
少年は、右手で私の涙をすくう。
そして同じ目線までしゃがんできた。
『どうしたの?俺が話を聞こうか?』
『……う、うわああああん』
『えええ!?泣き出しちゃった…』
急に泣き出した私を彼は、優しい手つきで頭を撫でた。
『―落ち着いた?』
『うん…ありがとう』
私たち二人は、桜の幹に寄りかかり座った。
……この人、とても綺麗な人だけど誰だろう。
『私、松奏院名前って言うの。あなたの名前は?』
私の名前を口にした瞬間、少年は瞳を大きくして驚いた。
『…?どうしたの?』
『ああ、…ごめん。俺は氷室辰也だよ』
すると、すぐに表情は元に戻り微笑みながら名前を教えてくれた。
辰也くんか。
『辰也くんは、どうしてここにいるの?』
『ん?俺はねー、屋敷にずっといたから気分転換に抜け出してきたの』
『だったら、私と一緒だ!私もね、ずっと屋敷に閉じ込められてるの』
『え?』
辰也くんは、ひどく驚いた顔をする。
私は辰也くんに気にもかけずそのまま言葉を続ける。
『私の家、松奏院家はねなんか昔から特別な力を持った人が生まれるんだって。特にその中で私は“特別”らしいの。お母様とお父様が言ってた』
『“特別”!?』
『うん。だから、私を閉じ込めてるんだって。ひどいよね』
『……確かにひどいね』
『辰也くんもやっぱりそう思うでしょー!?』
『…なんで、名前は“特別”なんだい?』
あれ…わたしのこと呼び捨てだ。
…まあ、いっか。
『なんかね、私、この世界と一緒みたいなの』
『え?』
『私の思ったことが……言った言葉が現実になるの』
辰也くんは急に黙り込んでしまった。
…どうしたんだろう。
私は、辰也くんの顔を覗き込む。
『辰也くん?』
『…ねえ、名前』
『ん?』
辰也くんは口で弧を描いた。
身体がびくりと強張る。
『いいかい?名前、憶えておくんだ』
『なあに?』
『言葉は呪いだ。だから、気をつけて。―言葉の呪いに殺されないように』
私はこのときの辰也くんが怖いと思った。