「名前」
「…テツヤ」
松奏院の屋敷に戻り、私は自分の部屋の前の縁側に座り庭の景色を見ていた。
「大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう……」
投げ出している足を揺らす。
するとテツヤは、隣へと移動しその場で正座をした。
「……どの位記憶戻ったんですか?」
「そうだなーみんなとの出逢いくらいは思い出せてるよ。まだまだだけど。でも、ある日から全然思い出せないの」
「…どの日ですか?」
「……多分、16歳の誕生日の日」
「っ!?」
テツヤが息を飲むのがわかった。
「何かあったのかな…」
「…さあ」
「…そう」
教えてくれる気はなさそうだ。
ふと下ろした視線を前へ向けると塀のむこうに大きな桜の木が見えた。
「あ、あの桜の木…」
「ああ、あれはご神木ですね」
「ご神木?」
「ええ。松奏院家ではあの桜をそう呼んでます」
ご神木。
その名前がひどく懐かしい。
そうだ、あの日に出会ったんだ。
あの人に。
あの日、桜が満開の日に。
「ねえ、どうしよう。テツヤ」
「え?」
「私、ひどいこと言っちゃった」
「名前!?」
あの人に。
氷室さんに…いや辰也くんに。
「―――ねえ、思い出してくれた?」
ひゅうっと辺りに冷気がたちこめる。
前を見るとそこには氷室さんの姿があった。
「氷室、さん」
「っ!!辰也様!?」
テツヤは、急いで刀を抜いた。
そして、斬りかかる。
だけど、氷室さんに届く前に誰かの刀に止められた。
「…お前の相手は俺だぜ!」
「木吉、頼んだよ」
「任せとけって。松奏院家のやつだからな、久しぶりのご馳走だ。『園川血盟』も喜んでるよ」
木吉と呼ばれた青年は、爽やかに笑いながらテツヤの刀さばきをいなしている。
「ーー名前、おいで」
びくっ
氷室さんに名前を呼ばれ体がびくつく。
「名前っ、行ってはいけません!!」
「おーい、姫さんにばっか意識してんなよっ」
「いっ!!」
「ほら、すぐに隙をつかれるんだからな」
「テツヤ!」
私は、どうしようもなく立っていることしかできなかった。