そうだ、あれは雨が降っていて憂鬱な日だった。
『……姫様、姫様っ』
誰かが私の名前を呼ぶ。
誰だろう。
まだ、私は寝ていたいのに。
『姫様っ!!』
バンッと障子戸が勢いよく開いた。
『……征、十郎?』
『っ、よかった、姫様いた…』
征十郎は、私を探して走っていたのだろうか息も着物も乱れている。
彼は、そのまま私を抱きしめた。
『ちょ、征十郎…』
『僕の目の前からいなくならないで。お願い』
征十郎の声は震えていた。
…あの日、私が初めて屋敷を抜け出した日から征十郎は、変わった。
血まみれの私を抱きしめてずっとずっと私の名前を呼んでいた。
それから私への態度も変わり、側から離れないようになった。
敬語でもなくなったしね。
離れたなら今のように私の名前を呼んで屋敷中を探し回る。
『征十郎、私はここにいるよ。もし外に出たくなったら征十郎に声をかけるし』
『っ、当たり前だ。それでも心配なんだよっ』
『…征十郎』
ぽんぽんと背中を優しく叩く。
まだ幼い背中。
そりゃそうか。
まだ私たちは六つだ。
『よし、征十郎。一緒に本を読も?外は雨だから蹴鞠とかで遊べないしね』
征十郎は、幼い笑顔でいいよと言って本を取りに行った。