pursuit of happiness

※意味不明なお話
8月某日の話。の続きっぽい


トントントン…


ボールが転がる音が聞こえた。
そこで意識がはっきりとする。


「大丈夫?」


久しぶりに聞く、彼女の声に顔を上げる。


「え、名前、さん…?」


「うん、そうだけどどうしたの?そんな驚いた顔しちゃって。私の顔になんかついてる?」


「いえ、何も…」


彼女―名前さんは、僕にタオルとドリンクを渡してどこかへと消えた。
あれ?
名前さんは確か、数年前に亡くなったはずではないか?
でも今見た彼女はちゃんと息をしていた。
触れた手も暖かかった。


「名前、さん…」


よく見るとここは帝光の体育館だ。
ということは、僕は中学生?
いや、でも今は高校生なはずだ。


「――誰も、いない」


よく見ると周りには誰もいないのだ。
人がいるなんて気配がまったくしない。
なのに、ボールだけは転がっていた。


「どうして、」


「どうしてだと思う?」


隣で急に声をかけられた。
横を見ると、壁におっかかっている名前さんの姿があった。


「ねえ、黒子くんどうしてだと思う?」


名前さんはもう一度僕に問いかけた。


「……まったく、想像もつきません」


「あはは、そうだよね。でも確かなことがあるよ」


「なんですか?」


「私は死んでいて黒子くんは生きているということ」


名前さんの言葉に目を見開く。


「――なんで」


「ん?」


「なんで、名前さんは死んだのですか」


思い切って聞けなかった―聞くことが出来なかった質問をした。
声が震えてしまったが。


「ねえ、黒子くん」


「はい」


「私ね、一つだけ心残りがあるんだ」


「…なんですか」


名前さんは僕の質問には答えてくれる気はないらしい。


「――私ね、みんなと未来を歩みたかったよ」


「え、」


「みんなと輝いた未来を歩みたかったよ」


彼女は、哀しそうに笑っていた。


「っ、じゃあ、何故ですか」


「黒子、くん…」


「何故、あなたは自ら死を選んでしまったのですかっ…」


涙が出そうだった。
名前さんの棺の中での死に顔が思い浮かぶ。
その刹那、温かい手が僕の頭の上に乗った。


「え、」


「ごめんね」


その手は確かに温かくて。
とても死んだ人の手のようには思えない。


「ごめん、ね。歩みたかったけど、それでも私は死を選んだの」


哀しそうに笑わないで下さい。
名前、さん。


「――何故、ですか?」


「…私の、たった独りの作戦、だよ」


一粒、名前さんの涙がこぼれた。


「名前、さん…」


君の流した涙をふき取りたくても、もう彼女には触れられない。


「――嫌、だよ。私は…」


霞んでいく視界に、名前さんの笑顔はひどく濃くこびりついていて。
このまま眠ったとしても、消えてはくれないのだろうと頭のどこかで思った。



BGM:アヤノの幸福理論/じん(自然の敵P)

title by瑠璃

pursuit of happiness( 幸福の追求 )