瑠璃紺に、溺れる


"ミファー様は姫付の近衛騎士に想いを寄せているらしい。"そんな噂を耳にしたのは、あれから暫く経った日のことだった。日々凶悪化するマモノ討伐に繰り出す英傑様方のことだ、一緒に居るのを見られる機会も多く、それが男女となればそのような流言が囁かれていてもおかしくはない。せいぜい噂好きの誰かが話に尾ひれをつけているだけだろう。
そう思う反面、どこかその話が本当であればいいのにと願う気持ちもあり、失礼だとは思いながら彼女たちを見かける度に様子を伺っていると、どうもその噂は本当であるらしいと気付くのにそう時間はかからなかった。
「私はみんなを、貴方を護りたいの」と力強く近衛騎士を見つめるその瞳には、確かに彼を思い慕う気持ちがまざまざと感じ取れたのだ。

さて、盗み見るのはこれくらいにして昼食でもと二人から視線を外すと、代わりに目に入ってきたのは瑠璃紺の髪と金糸雀色の布で綺麗に結われた三つ編みだった。二人からは少し離れたところには居たが、どうやら会話は聞こえていたらしく、何処か物悲しい表情を浮かべていた。
その横顔は痛々しくも美しく、思わず見惚れてしまい、途端に目を離せなくなってしまった。その一瞬の後、彼の綺麗なエメラルドの瞳が私の姿を捉えたのだ。ぎくりと妙な罪悪感を感じて後ろを向いた時にはもう既に遅く、大きな羽根で羽ばたいた音が聞こえた頃には私の正面に彼が立っていた。

「キミ、ボクのことが好きなの?」

狂おしい程に綺麗な翡翠が真っ直ぐに私を捉える。それだけでくらくらしてしまいそうなのに、思いもよらない彼の問いに息が詰まった。あまりに突然のことに頷くでも答えるでもなく、ただただ俯くことしか出来ない。顔中に段々と帯びる熱は、やにわに耳の先の方まで伝わってきた。

「気付いてないと思ってたんだろうけどさ、キミがボクを見てること、随分前から気付いてたんだよね」

そんな言葉にはっとして、思わず顔を上げると彼は悪戯な笑みを浮かべ「生憎、生まれつき目がいいもんでねぇ」とからかうように笑った。

「ずっとこうされたかったんじゃないの?」
「……リーバルさまっ、」

ちろり、と舐められた首筋。そのざらついた舌の感覚は私の理性を崩壊させるには十分だった。振り絞る声と共に、焼け爛れたんじゃないかと思うほどにたっぷりと熱を帯びた身体を彼に預けると、ふわりとほんのり太陽の香りを連れた大きな瑠璃紺の羽に抱かれた私は思考することを止め、全てを彼に託した。

私達の密会はその日から続いている。彼は皆が寝静まった夜、暗闇に紛れるようにしてやってくる。今日はやってくるのだろうか。この時間がとてつもなく長く感じる。部屋には溜め息で揺れる蝋燭の火だけが揺蕩う。
扉を叩く音が聞こえたのは、もうすっかり蝋燭が短くなっていた時だった。相変わらず何の断りもなく寝台の方にやってきて、「やあ」と白い指先で私の頬を優しく撫でた。少し高めの彼の声は心地よく響く。それどころか私をとてつもなく混乱させる。本当の恋人同士なんじゃないかと。
早々に私の上に覆い被さる彼は最早、私の所謂"良い所"を知り尽くしていて、器用にそこへ指を滑らせる。我慢していても思わず漏れてしまう嬌声に、さも愛おしそうな表情を見せる彼。
私はこの瑠璃紺に、深く溺れる。どこまでも苦しく泣きたくなるほど幸せで、それでいて、虚しい。

「まさか、泣いてるの?」

あまりの胸の痛みに嗚咽を漏らしてしまった私は、彼の身体へ顔を埋めて頭を横に振った。彼が居る時に泣いてしまうのは初めてで、面倒臭い女と思われるのがとてつもなく怖かったからだ。しかし彼は私の頭を身体から離すと、流れる涙を指で拭い始めた。

「とっくにキミが一番だって、どうして気付かないかな」

それは私の気持ちを全て見透かす魔法のような言葉だった。驚きの声を上げようとした私の唇にそっと口付けた彼は「こうすれば夢じゃないってわかるかい?」と意地悪く頬を抓った。その頬の痛みも、嘴の感覚も、紛うことなく現実のものだった。





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