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無事に誰にも会う事なく部屋に戻る事が出来て、予備の眼鏡を掛けるとやはり安心した。
すぐに部屋の外で待っている楠木さんの元へ戻ると、眼鏡を掛けた私を見るなり楠木さんがニカッと笑った。
「うん! いつもの柳生くんだ!」
「やはり、こちらの方が落ち着きますかね?」
「まぁ、見慣れてるからね。でもたまには、素顔のイケメン柳生くんも見たいかなーなんて」
「ふふ、楠木さんだけ特別ですよ」
「イェーイ! 特別って言葉大好き!」
「そんな無邪気に喜ばれると、なんだかおかしな気もしますけどね」
気にしない気にしない! と笑う楠木さんに釣られて笑ってしまう。やはり、楠木さんには不思議ですね。本当なら嫌で嫌で仕方なかった素顔が、好きになれそうです。
まぁ、だからといって眼鏡を外すかと言われたら、もちろんいいえと答えますけど。ですが、楠木が良いと言うなら無駄に怖がる必要はないのかも知れませんね。
そんな事を考えていると、私が黙っている事を不思議に思ったのか、楠木さんがひょこっと覗き込む様にして頭を傾げていた。
…あざとい、ですね。
「やぎゅーくーん?」
「すみません、少し考え事を…」
「んー、ならいいんだけど。すぐ練習に戻るでしょ?」
「そうですね。折角、楠木さんと練習が出来ますからね。無駄には出来ません」
「あはは、そんな大袈裟な! じゃ、戻ろっか!!」
全く…本当に可愛らしい人ですね。楠木さんと一緒に練習が出来ると浮かれているのは、私の方なのに何故か嬉しそうに楠木さんが笑った。
そしてじゃあ行こっかと手を差し出す楠木さんに驚きつつも、その小さな手を握り走り出す。普通は、私が楠木さんの手を引くべきなのでしょうが…こうして、楠木さんに手を引かれるのは好きなのでそのまま手を引かれコートへと向かった。
「あ、柳生くん!」
「はい、どうかしましたか?」
「すっごいしょーもない事なんだけど、ずっと気になってた事があるんだけどさ!」
「なんでしょうか?」
「みんなの事を名字で呼んでる理由とかある?」
「…いえ? 特に理由とかはないですが…」
「あ、そうなんだ! なんか、ずっと名字だったから気になってたんだよねー」
楠木さんの突然の問いに少しだけ驚きました。確かに、よく考えたらそうかもしれません。特に気にしている訳ではないですが、名前で呼んでいる方はいませんね。
…そういえば、立海の中でも楠木さんを名字で呼んでいるのは私だけになってしまいましたね。真田くんも今では、楠木さんを名前で呼んでいますし。
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