短編 | ナノ


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忘れた日なんてなかった。
今でこそ、こうして笑いながら過ごす事が出来る様になったけど…それでも、心のどこかでいつも貴方がいた。

一方的に切り出された別れ。
繋がらなくなる携帯電話。
理由も何も教えて貰えず、声を掛ける事さえも許して貰えなかった。

その後の高校生活は、地獄の様に長くて。貴方の気を引こうと、すぐに違う彼氏を作ってみても…虚しいだけで涙が流れた。

そして卒業し、全く繋がりがなくなってしまったはずが…それでもわたしの心には貴方がいた。しかし、まだ心の傷が癒えずにいたわたしに友達伝いに届いた祝電。

じわじわとまたわたしの心を巣食う様に痛め付けてくる、聞きたくもない貴方の話。そして貴方と別れてから、関わりを絶ったはずの彼の友人からの嫌がらせの様な連絡。

酷く精神的に病んだ時期だった。みんなが幸せに笑っていて、わたしだけ…なんでわたしだけこんな想いをしているんだと。

そんな時に今の彼にあった。優しくて温かい包容力のある人だった。
ボロボロの状態でも必死に働いていたわたしに気付いてくれた。そんな彼と過ごしていく内に、徐々にわたしの心の傷も癒えていった。

外に出るのを怖がり嫌がるわたしに嫌な顔もせずに、ゆっくりでいいからと必死に励ましてくれた。あの人の事を聞きたくなくて、人の話し声が…人に会う事さえも怖かった。

…忘れたかった。
消えてほしかった。

わたしの中からあの人の記憶だけ無くなればいいのにと、何度も思った。

それでも定期的に夢に出て来る貴方は本当に酷い人だ。あの頃のままで、わたしに笑い掛ける貴方に酷く胸が痛くなる。もう泣かないと思っていたはずなのに、涙が出て来る。

あぁ、本当にわたしの心に巣食う貴方は質が悪い。

こんなに幸せで、わたしを笑顔にしてくれる彼がいるのに…貴方がわたしの頭から心から離れる日はなかった。

しかし、それでもわたしは穏やかな日々を過ごしていた。前の様に病んだりする事はなくなり、今は軽いバイトをするくらいには元気になった。

たまに落ち込む事はあっても、前の様に閉じ籠ったりはしなくなった。



「あ、椎名さんこれよろしくね!」

「はい、了解です」

「今日は、あんまり忙しくないから2人だと暇になるね〜」

「はは、暇ならいいじゃないですか」

「そりゃあ忙しいより全然いいけど、眠くなるんだよね〜」

「それは確かに。やる事、ないですしねぇ」

「いやぁ、まじでお客全然来ないねぇ」



長い間、人と接してこなかったのでリハビリで始めた接客業のアルバイト。最初こそ、嫌で嫌で仕方なかったけど…今ではそれなりに楽しんで働けていた。

バイト先の先輩も優しくていい人ばかりだった事もあって、ここで働き始めて早くも1年が経っていた。

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