38*(1/4)
紫原が千夏を連れて行ってたから、暫くしてすぐに変化は訪れた。
必死に音楽室へ向かおうとするクローン女を今吉さんと挟むようにして、手榴弾で足止めをしていた。
そこに聴こえてきたのは、この惨状に似合わない酷く綺麗な音。
「…ほんまに上手いなぁ」
「人に望まれれば、なんでもやって来た女だ。出来て当たり前だ」
「ほんまに…なんでも、な」
「そうやって生きてきたからな、あいつは」
「……完璧を求められるって、どんな気持ちなんやろうな」
「窮屈なんじゃねぇの。だから、あんな性格してんだろ」
そして、千夏の奏でる音に目の前のクローン女が激しく動揺し始めた。ズルズルと歩みを進めていた足は、ピタリ止まり。頭を抱える様に何かブツブツと言っている。
更に周りにうじゃうじゃといたニセモノもクローン女の異変と共に水の様に弾けて消えていく。
……なんだ?
この曲が苦手なのか。
ヨハン・パッヘルベルのカノン。
曲名を知らなくても1度くらいは聴いた事があるくらいには、有名な曲だ。
「…い、ゃっ…や…めてっ…」
「なんや知らんけど、苦しんどるみたいやな」
「この銃やナイフでは、殺せないんで意味ないですけどね」
「…ゎ、…しの…たぃ…せつな」
「そろそろ終わりそうやけど、曲が終わった瞬間また復活とか有り得へんよな?」
「さぁ? 俺もこいつの行動パターンは読めないんで」
さすがに警戒だけは怠らないが、まるで動き出さないクローン女に俺も今吉さんも下手に動かずにただただその様子を見ていた。
そしてそろそろ、曲が終わるといったところでクローン女がバッと顔をあげると酷く悲しそうな顔をして…人間とは言えないくらいボロボロな瞳から涙を流していた。
その瞬間、激しい水音と共にクローン女が倒れると…真っ黒な液体が床に広がっていき。それと同時に曲が終わった。
異様な静けさの中、壁に飛び散った液体が滴る音だけが僅かに聞こえる。
「…どうなっとるんや?」
「さぁ? だが、この体はもう使えないって事だろ」
「せやけど、クローン女は死んでへんやんな」
「でしょうね。水晶玉がない時点で、あいつは本体じゃないですし」
「ほな…とりあえず、音楽室に行くか」
「一応、手榴弾を投げとくか」
さすがに液体になったからといって油断は出来ない。核らしき物もないし、集まる気配もないが…万が一って事もある。
念には念を押して、手榴弾を投げてその場を吹き飛ばしてから音楽室に向かう。
…あの体を捨てたって事は、クローンは本体に戻ったのか? いや、まだその辺に潜んでる可能性もある。
そして今吉さんと周りを警戒しながら、音楽室へと急いだ。
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