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▼ 路地裏

石畳の水溜まりは、空から降る数光年先の光を反射して宇宙をそこに体現していた。その宇宙を蹴散らすことに躊躇のない二人は光を吸い込む闇の隙間へ身を隠した。月明かりはその光と闇とを明確に分断し、彼らの存在を周囲に悟らせなかった。ただ闇から外界を覗く双眸だけが時折瞬いていた。
「なんでいっつもこうなるのかしらねぇ」
男の影から女の声がした。
「そうだな、静かにデートくらいさせてくれてもいいよなぁ」
女を腕の中に隠すように立つ男は明け透けにものを言う。動揺したような小さな叫びは闇の中でくぐもった。
「見つかっちまう」
男の手のひらで隠された口は渋々と閉じられた。
実際彼らの周囲は、声こそ潜められてはいるものの、複数の人間の気配で満ちていた。石畳に跳ね返る足音は少しずつ半径を縮めている。目の前の月明かりを人影が侵食する度に二人は息を殺した。
数時間前、街中、二人はいわゆるデートの最中だった。傍目から見れば真っ当な人間のカップルに見えるのだが、その実“真っ当”と意味を対極にする世界に生きる彼らにとって“普通”の日常というものは彼らの人間としての根本を保つためには捨て置けない要素でもあった。
「──それにしても、ようやく休暇って感じよね。あの慌ただしさはなんだったのかしら」
「そうだな、ツナもツナで大変そうだったし。ひとまずは、な」
語尾を区切ったのを合図に、二人は同時に席を立つ。普通の日常を彼らが満喫する機会は極端に少ない。普通の生活を送る人間ならば、普通後をつけられることはない。何者かの尾行に気が付いた二人は彼らの主が拠点とする場所から何気なく遠ざかり──返り討ちにするために武器を抜いた。彼らにとってはすでにこの剣呑とした状態こそが日常となりつつある。闇の中で息を潜め、生と死の瀬戸際に立たされる今の状況こそが。
「リンドウ、足は」
男は眉を顰めながらリンドウと呼ばれた女に問う。蹴散らされた水溜まりはもう空を映せなかった。闇と同化した血の色で、どす黒い空洞と化していた。
「こんなんでへこたれてちゃ、用心棒の名折れってもんね」
肌を分断する暗い赤色をすくい取り、唇へ這わせる。闇の中にも関わらず、その口唇の発色だけは妙に月明かりを受け止めている。不敵に吊り上がるそれは言いようもなく、彼女そのものであるかのようにさえ見えた。
「……そんなもん似合われても困るんだけどなぁ」


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