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▼ 島左近

どうやら俺はこの人に嫌われているらしい、と思っていることにも気づかれているらしい。さっきから会話らしい会話も続かず、唯々部屋の名前だけを口にし続ける茶汲み絡繰りのようだ、この人。表情もずっと変わんないし。
 三成様の生き様に惚れこんで、俺はどうにかこうにか豊臣の一員として生きることを許された。左腕に近し者だから、島左近。
自暴自棄にあんな賊っぽいことをしてしまったのは、結構反省してる。でも、そのおかげで今こうしていられるのだから、やはりあれは運命だったとしか言いようがない。誰かのために自分の命も何もかもを賭けて生きる、そういうのにどうしようもなく憧れちまったんだ。
で、いま俺が何をしているのかといえば、この伊万里とかいう人に大阪城を案内してもらっているのだ。三成様は軍議があるとかで、真っ先に代役としてこの人を引っ張ってきた。伊万里さんはすこぶる嫌そうだった。なにせ初めて会ったとき思いっきり蹴り飛ばしたからな俺、仕方ないよな。それを根に持っているのか何なのか伊万里さんは明らかに俺を警戒するように、見極めるように観察をしてくる。ここまで露骨にやるからには明らかな感情があるということはすぐにわかる。──もちろん、良い感情ではないということも。
三成様に促されて伊万里さんはようやく口を開いた。伊万里さんが語ったのは、自分は刑部さんの小姓であり、三成様とも古い付き合いなのだということだけだった。もっとも身分的には俺と大差はない、あるとすれば年の功くらいだ。と、それだけしか教えてくれなかったのは口下手だとかそういうのではなく、詳しいことを隠したがっているという姿勢だというのは明らかだった。これもさっき言ったようにしょうがないかなと思う。
 前触れもなく伊万里さんが立ち止まり、俺は危うくぶつかるところだった。庭に顔を向けている。つられて同じ方向を見る。

「あの木から向こうは僕らよりも格上の──三成様とか以外はあんまり行かない方がいい。君はまだ顔を知られていないから、厄介が起きるかもしれない」
「へえ、了解っす」

 漆喰の塀のそばにこれ見よがしに木が植えられている。わかりやすい目印だ。ここで気の利いた返事なりなんなりを言えればいいのだが、口を開く前に伊万里さんは動き出してしまう。
どうにかいい関係を築けないものか。
だってあの幹部ともいえるお二人と並々ならぬ関係なのだ! なんか仲が悪いままだと後々まずいことが起きそうな気がする!
一定の歩調を全く崩さずに伊万里さんは行ってしまう。気を散らすまい、と足跡を踏み踏み、後を追いかけた。

***

 木々は昨日の小競り合いなど知らぬというふうに、ただ青々としている。高い位置にある太陽を跳ね返して憎たらしいほどに鮮やかだ。外が明るいのに対して室内は薄暗いため、余計にそう見えているのかもしれない。
大阪城に入城してどれくらい経ったろう。思い出そうと思えば難しいことでもないのだが、これからのことを考えるのにはまったく無駄なことである。
近々また大きな戦をするらしく城内は騒がしい。しかし軍議があるとかで、今は珍しく静かな時間が過ぎている。戦々恐々とした空気を忘れ、平穏に甘んじている人間は少なくない。例に漏れず僕もそのうちの一人で、吉継に呼びつけられることもなく自室でこれからの行動を考えていた。
昨日の事件は結局、三成が事を収めてくれた。吉継の言う通り男の剣の腕前が三成に及ぶわけもなく、速やかに決着がついたらしい。推定の語尾になってしまうのはとても痛い。なにせ僕はその一部始終を見ることができなかったから。すべて三成が伝えてくれたことだ。大袈裟に心配し過ぎたなと一息ついたのもつかの間。理解ができなかったのはその男を三成が連れ帰ると言い出したことだ。島左近、あの乱入者はそういう名前らしかった。これから一瞬たりともその名前を忘れることはないだろう。

「入るぞ」

返事はさせてもらえなかった。
障子と壁のぶつかる高い音と共に、敷居をへだてて三成は立っていた。

「左近だ、ここの案内を頼みたい」
「よろしくお願いしまっす!」

この大阪城にはあまりなじまない陽気な声が三成の背後から飛んできた。嫌でも聞き覚えがある。

「私は軍議に向かわねばならない、こ奴を案内してやってくれ」
「はい?」
「頼んだ」

 ぴしゃり、と音だけが残る。まさか僕が内心困惑しているとは知らず、三成は背後の男を置いて行ってしまった。
あからさまに嫌味を帯びた速度で男を見てしまう。ただ純粋に僕を案内人か何かだと思っている顔だ。三成は、拾った男……島左近を自らの配下として立たせるつもりらしい。しかし幹部の集う軍議にはさすがに連れていけなかったようだ。──だからといって僕に任せるのはどうなのだろう。
居心地が悪そうに身じろいだ島に気が付き、半ば自分が呆然としていたことにも気が付いた。
いくら幼馴染の関係だからといえ、上の人間からの指示を無視できるはずもない。僕はのそりと立ち上がる。島は瞳を輝かせながら大人しく待っていた。

「……すまない。とりあえず僕に案内させるつもりのようだから」

***

「それにしても三成さま、やっぱりお忙しい身なんすねぇ」

 島は三成が去っていったほうを幾度も振り返りながら言う。僕は島が付いてきているかを確認するために何度も振り返らなければいけなかった。
 豊臣の勢力を広げるため捨て置けない時期なのだ、とあいつは使命感と誇らしさに目を輝かせながら語っていた。
――織田が滅び、天下を完全に掌握する者がいなくなった今、虎視眈々と時期をうかがってきた豊臣が一気に躍り出るのだ。秀吉様の統べる天下こそこの日ノ本が求めて然るべき理想――云々。
太閤さまを語っているときの三成は一番人間らしくあると思う。いつもの仏頂面を崩した笑顔なのだ。
なにせ、彼を彼たらしめている唯一の存在である。悔しいが豊臣秀吉という存在がなければ、今の石田三成はなかっただろう。

「あの〜、聞こえてます?」

島はぐいっと僕の進行方向に顔を突き出してきた。三成と出会った経緯やら三成がどれだけ”イケてる”かやら、ひとりでべらべらと喋っていたが僕が何の反応も示さないことを不快にでも思ったか。

「ああ、聞こえてる」
「よかった、無視されてんのかと思ったっす」

無暗に笑顔を見せるとそれきり黙って僕の背後に落ち着いた。人の機微に鈍感なのか、小さいことは気にならない質なのか。実際無視していたも同然なのだが、変に事を荒立てる必要もないだろう。
 さて、この男はどれくらい僕の進む道を阻むというのだろうか。

*****

以来、島左近は決まって僕たちの前に現れるようになった。ついでに僕の行動の指針はがらりと変わってしまった。

「入るぞ」

 やはり返事をする前に襖は開かれた。襖を隔てて三成、その背後には少々落ち着きのない島左近。やはり僕が案内をすることになるので、今度はちゃんと愛想良くすることにした。変に警戒されるのもやりづらい。
なにか役に立とうとしているのか、島はほとんど一日中三成に引っ付いているため都合が悪い。内緒話一つするのも一苦労だ。にぎやかというべきか騒がしいというべきか、時々張り飛ばされる青年の姿を見てはため息が漏れる。
持ち前の楽天的な考え方に三成は始め戸惑ってはいたが、もう慣れたらしい。それどころか島の戦での働きぶりを褒めているくらいだった。
吉継は、三成に将としての自覚が生まれ始めている、と言っていた。それは良いことなのかと聞くと、太閤と賢人に対する依存に加えて下の方を気に掛ける心ができたということだ、と答えが返ってきた。つまりは吉継にもわからないということか。そういう吉継も島に対する気持ちは複雑だろう。
以前よりも三成と関わる時間が少なくなった……というよりは三成といる時間と同じだけ島と顔を合わせることになるといった方がいいのか。そんな素振りを悟られるほど吉継は軽率な人間ではない。
島の軽快さに調子を狂わされる、そんなことに慣れてしまうのはいつになるのだろうか。

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