▼ これがきっとはじまりだった(終)
情けのない声でひとの名を呼ぶのはあれ一人しかいない。愚かしいまでに人の底を見つめ、懐に入り込んできた彼奴しか。
半身の感覚はすでに失われ、辛うじて紅を帯びた二つの目の色と音だけだ、感じるのは。
この性分では碌な死に様も迎えられまいと思い込んでいたが、意外にも少しマシな最期というものを迎えることができるらしい。一人、野垂れ死に、虫に食われるよりは少しマシだ。
「吉継、よしつぐ……」
よせ、済んだものはもう変えようがない。いつまでも結果に縋り付いていては意味がない。他人の死などいくらでも見てきたであろうに。何を今更。
「僕は、僕は認めない、こんなの、絶対にあってはいけないことなんだ、これは」
お前に降りかかる不幸というのは生きているうちに終ぞ目にすることができなんだ。
そうか、われか。われこそがお前の不幸たり得たのだな。
幸福ではない味がする。泣きわめく奴の、双眸から滴る不幸の味がする。
「お前は、逆巻く行く末に、迷うのであろうなぁ……」
声とも呼べない声は届いたのだろうか。伊万里の腕が震える。首をくすぐる、煩わしいその頭を遠ざけようにも腕がない。
まなざしは光を映すのを忘れている。後ろの曇天に紛れてしまいそうだ。
「伊万里よ、お前との時間は、決して、けっしてわるくは、なかった」
名を呼ぶ声を聞きたいと思ったが、やはり口から明瞭な音は出ない。
伊万里はこちらを凝視する。
最後の最後に辛うじて残った燐光を目に焼き付け
「……吉継──?」
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