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▼ 青天霹靂

三成様の狼狽が手に取るようにわかる。前よりも目線で人を殺せそうだし、戦場での容赦もさらになくなった。隙が全く無くなったし、いや元々隙があるような人じゃないってことは知ってるんだけど。その心に立ち入れなくなったというか、家康のことを考えていない時がないというくらい思いつめている。
 徳川家康は豊臣を裏切って天下に躍り出ようとしている。宣戦布告を受けたときの三成様の荒れ様は見ていられなかった。秀吉様の身は無事だったとはいえ、秀吉様に盾突く……裏切ること自体が三成様にとっては何に代えても赦せないことだったんだ。
それに、三成様は迷ってもいる。あの秀吉様が直々に、家康にばかりこだわってはいけない、と三成様を諭されたらしいのだ。
三成様は家康を赦せるはずもないし、かといって秀吉様のお言葉に逆らうという行動も赦せない。という葛藤が拗れに拗れて、今日もまた戦場で一人先走って暴れていらっしゃるんだ。
 家康は新参者の俺のことも結構面倒見てくれたし、悪い人じゃないって思ってた。
俺はイカサマが嫌いだ。秀吉様……ひいては三成様を裏切る寸前まで、家康は本性を隠したままだった。そんなのイカサマ以外の何物でもないだろ!
 俺もそれなりの憤りというやつを抱えているつもりだけど、三成様には遠く及ばないのだろう。家康と関わりがあった時間は三成様よりもずっと短い。ほかにも刑部さんとか、家康と長く付き合っていた人たちの心持というのはいったいどれほどの物なんだろう──。
 徳川方がしかけてきた戦が始まって早数刻。形勢はいまだにこちらが有利だ。ここは総大将の指揮ではなく傘下の地方武将が軍を動かしている。並みの軍師なら刑部さんには敵わない。的確な指示は相手を徐々に疲弊させている。
かくいう俺も敵を撹乱するために走り回っていた。何とか三成様に認めてもらいたくて自分ができうる限りのことをがむしゃらにやってきた。空回りしてどつかれることもちょっと……いやかなり多かったけど、最近じゃあ褒められることも多くなってきたんだ。
今この場で俺ができることと言えば、このまま突き進んで三成様の背中を守ることだ。視線の先には派手に吹き飛ばされる武将たち。真ん中にいるのはもちろん三成様だ。立ちふさがる兵を飛び越えてその背中を合わせた。

「助太刀しに来ましたよッ三成様!」

 三成様に近づこうとする奴の腕の一本でも飛ばしてやろう、と一歩踏み込んだ。しかし肩透かしのように、
「左近、この場は直に終わる。半兵衛様のもとへ伺い状況を報告しろ」と素っ気ない返事が返ってきた。

「ええッ、でも」
「いいといっている、私は今、虫の居所が悪い……!」

 ともすれば俺をも切り捨てんばかりに睨まれるので頷くしかなかった。こういうところだ、三成様の隙がなくなったというのは。切り捨てる敵越しに家康を見ている。家康の事しか見えなくなっている。
そのまま刑部さんのところにとんぼ返りするとすぐさま伝令の指示が下りた。三成様の思考を丸ごと読んでいるかのようだ。

「ここの決着は直につくとはいえ、総大将が姿を現さぬのが厄介よ。太閤の元へ既に向かっておるともしれぬ」
「そっすよねえ、どうにも囮くさいっていうか」
「それゆえぬしが行くのよ。適当な輩を連れて……ふむ、伊万里もつれて行け」

 一番後方の隊に紛れているはずだ、と刑部さんは言った。再び戦場の方向へとんぼ返りだ。──豊臣の人ってのはどうにも部下遣いが荒いと思うんだよな。
幸い伊万里さんはすぐに見つかった。三成様と同じくらいの背格好だし、何より戦場だってのに坊さんみたいな装束をまとっているのがそれなりに目立つ。なんでそんな格好なのかと聞いてみたこともあったが、自分が持ってくることができる一番いい服装がこれしかなかったから、とまぁ面白くもない返事だった。少しだけ生い立ちが気になったがあの時は聞かなかったんだっけ。
 刑部さんからの命令を伝えると少しの逡巡もなく分かった、と踵を返した。この命令が飛んでくることを前もって知っていたかのような伊万里さんの動きには毎回驚いてしまう。俺よりずっと長く刑部さんや三成様と関わってきたから、そんなことができるんだろうか。

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