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▼ ふりだし

伊万里の人生を振り出しに戻すためには誰かの死が必要である。
彼自身か三成か吉継か、誰かが死ねばまたあの寺の畳の上で目が覚める。そういう仕組みにあるのだと気が付いたのは三回目か四回目か。自分の死を実感した後、幼い自分の意識が覚醒するという経験を繰り返した末の結論だった。
繋がりの強い、自分を含めた誰をも死なせない、というのが伊万里の今生の宿願である。ただの知り合いであるとか、ただ付き合いが長いからだとか、ただそれだけの理由で自分の命を何度も生みなおすというような運命には陥らない。もっと奥底の方にあるなにかに基づいて、伊万里は自分の命を無駄遣いしている。
目的さえ果たされれば、二度と昔に戻らずに済むのである。しかし一度定まってしまった運命というものがそうやすやすと変えられるはずもなく、既に何度人生を繰り返したのか、伊万里自身も覚えていない。ただ、正常な心を目いっぱいにすり減らしてしまったことだけは自覚することができていた。
 死ななければどんな過程を経ようがいいのである。生死を彷徨っても、最後に生きていればいいのである。
 そういうふうな考えの元、伊万里は三成を庇おうと走り出した。三成は背後の警戒を解いてしまい、深い傷を負ってしまうのだ。戦場のど真ん中で膝でも付こうものなら待っているのは即ち死だ。ここから凶刃を防ぐことは難しいが、標的を変えることくらいならできる。自分が身代わりになることで三成の死は防ぐことができる。自分が死んでしまっては元も子もないが、三成の働きがその可能性を低くしてくれるだろう。
 そんな慢心を疑わなかったためなのか、完全な不意打ちだったのかはわからないが、伊万里はその場を動けなかった。
 三成を庇ったのは島左近だった。伊万里が受けるはずだった傷をその身に受けてなお、決死の形相で刀を落とそうとしない。三成の背中を微塵の隙もなく守っている。
 脳内を駆け巡った情報ははっきりとした思考を与えることなく、ひたすらに事実だけを知らせている。
 懸念していた通り島左近が動いてしまった。これからの出来事はきっともう思った通りに進むことはない。成り行きに任せるしかないのか──いや、もしかするとこの男こそが重要な人間になるのではないか。
 島左近がこちらを凝視している。
 息が詰まる。視界に不自然な金属が見えた。どうして腹から刀が……? 
身に覚えのある鉄の味が広がる。
地面と耳が激突した。ああまさか、こんなところで──

×××

「……伊万里、死んでおるのか」
「……あ」

 ぼうっとしていた。目をのぞき込まれて気が付いた。思わず紀之介の両腕にしがみついた。体は強張ったが振り払われはしなかった。

「目を開けたまま寝れば悪い夢もみよ」
「ごめん、本当に」

 僕の頭を枕にして紀之介はため息をついた。
戦場にいるわけでもなければ腹を真っ二つにされているわけでもない。
少し埃っぽい畳、平和な鳥の声が聞こえる。場面の急転に頭がかき混ぜられる。
僕はまた、戻ってきたのだということをおもいだした。

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