落花は枝に | ナノ


▼ 3話

 そして場面は初めに戻る。どうしようもないので結局ナマエを背中に背負ったまま万事屋に帰った。気のせいなのか実際そうなのか、背筋はずっとひんやりとしていた。
 帰ったところでもちろん従業員二人は状況を知るよしもない。まえぶれもなく壁から現れたり消えたりするナマエにいちいち悲鳴を上げ、そのたびに白い目で見られた。
 精神も体力もボロボロになったところで最後には神楽に一発喰らわされて気絶。そのまま朝になってしまったが結果はオーライである。心臓がつぶれる前に気絶できてよかったとさえ言える。目を覚まし、投げやりにかけられていた毛布に彼らのつま先ほどの気遣いを感じた。
 神楽は遊びにいってしまった。
 新八はもうすぐ来るはずであるが、それまでにやっておきたいことがあった。万事屋には俺とナマエの二人だけ。はたから見れば虚空に向かって話しかけるヤバい奴に見えるだろうが、今なら問題ない。
 ソファに座って恐る恐るナマエを呼ぶ。天井のあたりを浮いていた彼女はこちらを向くと律義に向かいに腰かけた。
「……あのさ、思うにいつまでもこの状況を続けるのはあんまし良くないと思うわけ」
『……そうだよね』
 スタンド旅館の女将などであればこういう時どんな行動をとればいいのか理解していたりするのだろうが、門外漢の自分では無い頭をいくらひねっても無駄であると思う。
 ナマエがいまだこうして現世にとどまり続けている理由はわからない。ベタに考えるのなら生前やり残したことがあるとか、未練があるとかいうことになるのだろうか。
「とりあえず、今日一日、お前の心残り? 未練? とかそんなんを解消するのを手伝うから、心当たりあんなら全部言ってけよ。案外簡単に成仏できるかも知んねーからさ」
『……じゃあとりあえず』

 パソコンを、ぶち壊してください。

 恥ずかしそうにする割に出てくる言葉は物騒だった。


***


 またパチンコですか、と不満げな顔をする新八をよそに俺の足はあの商店街へ向かっていた。あの時と変わらずにぎやかだ。
 許可を得て改めてナマエの家を訪れると、いまだ多くの荷物は手つかずのまま残されていた。いずれ遺品整理をするのであれば手伝いたかった。
 見慣れた場所ではあるのだが持ち主が不在というだけで途端に寂しい場所になる。狭い部屋に小さな机。その上に最新型とはいいがたい、分厚いノートパソコンが鎮座していた。俺も機械の類にさほど詳しくはないとはいえ、リサイクルショップでも見ないぞこんなの。
「お前、こんなハイカラなもん使いこなしてたんだなァ」
『いや、文字を打つくらいしかできなかったよ』
 へへ、とまんざらでもない様子のナマエ。彼女も彼女で流行りには疎い。皮肉は全然通じていない。
 半透明のナマエの姿もいいかげん見慣れてきてしまった気がする。生前と同じような意思疎通が取れるし、それも馴染みのある空間となると。
 幽霊の姿では触れないから、と銀時は言われるがままパソコンを小脇に抱えて惜しむ間もなく家を出た。ナマエは自宅を名残惜しむ、でもなく案外あっさりとしている。その家を振り返った回数は俺の方が多いほどだった。
 パソコンをその辺のゴミ捨て場にでも置いてきてしまおうかとも思ったが、ナマエがいうには中身が重要らしい。
「ていうかさァ、ぶち壊すって何よ物騒な」
『中のデータを見られたら恥ずかしくて死んじゃうから』
「いやだから、死んでるじゃん」
 昨日の今日でまだ自分の置かれている状況に馴染めていないナマエはツッコミ待ちかと思われる台詞を吐く。仏様に対してツッコミを入れるなんていずれバチでもあたりそうなものだ。
「で、何が入ってんの? エロ動画?」
『違うから…』
「え? それ以上のモンが入ってんの?」
 銀さんが喜びそうなものは何も入ってません、と白い目線をよこされる。
 とにもかくにも中身、データを消さないことにはこいつは満足しないらしい。源外のじいさんのとこにでも持っていくか。
 目的地が決まったところで二人、街を歩く。正確には一人は歩いて、一人は空気のぬけかけた風船のように頼りなく浮いている。
 思えばこんなふうに同じ時間を過ごした機会は少なかった。お互い自分の生業にかかりきり。落ち着いたころには会いに行くための理由を考えなくてはいけないような気がして、結局「今度行こう」の繰り返しだった。今となってはそんな照れくささなんて無視してぎこちなくても顔を見に行くくらいの事をすればよかったと、悔やんでも遅いのだろうが。


『銀さん、だれかいい人でもいないの?』

 唐突に飛んできた言葉にパソコンを投げ捨てかける。パソコンを抱きかかえたままナマエの顔を見ると急にきょどった俺をにやにやと笑っていた。
「……んだよ急に」
『隠さなくてもいいのよ銀さん』
 いい歳なんだからね、とその辺の年寄りが言いそうなことを言う。
 いっそお前だと言ってしまいたい。もしホントのところを暴露したときにこいつはどうなるのだろう。もしそれが成仏を邪魔して、幽霊の姿のままのナマエと一緒に過ごすことになったら。
「いねーよんなもん」
 脳裏を掠めた、それはそれでいいかもしれないという考えを追いやる。今だって充分いびつな時間を共有している。この世の住民でなくなった女と過ごす時間にも慣れてきてしまっている。これ以上は本当にダメになってしまうと思う。何がとは言えないが。
冥途の土産になると思ったのに、と笑って良いのかわからない冗談に突っ込む気にもなれない。



***



「なんだこりゃ、日記じゃねぇか」
『いやーッ!』

 源外のじいさんにパソコンを渡すとあっという間にデータが丸裸になった。日記か。そりゃ死んでも人に見せたくねぇはずだ。
 前時代の遺物レベルで古い機種のパソコンの中身はその日記データくらいなもので、インターネットにもつながっていなかったらしい。
 日記、という単語に敏感に反応したナマエは顔を真っ赤にしながら取り乱してパソコンを奪い返そうとする。がお察しの通り腕はすり抜けて意味をなしていない。
 数年分の履歴があるらしく何年何月、とじいさんが読み上げを始めたところでナマエはまた悲鳴を上げた。もちろん俺にしか聞こえていない。
『ちょ、見ないで、読まないで!ほんと、マジで!祟りになるよ!』
「たっ……じ、じいさん!」
「なんだ銀の字」
 祟りという言葉に今度は自分が敏感になる。日記ごときで祟られても困るし、こいつの成仏という目的が果たせないのも困るし、なにより怖いし。
 遺言でパソコンの中身は見ない約束になってんだ、と咄嗟に嘘と本当が半々のことを言う。じいさんはあっさり画面を閉じた。背後で安堵のため息が聞こえた。
「そういうことは先に言いやがれ」
 こいつはもう空っぽだがどうする?とパソコンを差し出される。迷って視線を巡らすふりをしてナマエを見やるが、ふるふると首を振っている。
「……いい、適当になんぞの部品にでもしてやってくれや」
 俺が持っていたところで使い道もないし、ナマエの事を思い出したければ墓に行けばいいだけの話だ。死に別れた人間を遺品をよすがに女々しく思い返すというのも性に合わなかった。


 じいさんのもとを後にして目的もなく歩いたが、ナマエはいまだそのあたりに漂ってばかりだ。目の前で日記が処分されるところを見たはずなのに。朝の様子とまるで変わらず、はっきりとした半透明でそこにいた。いつ消えてしまうのかと落ち着かない気持ちも失せた。本人も腑に落ちないといった様子で口を閉ざしている。
「まぁ、あんま考えすぎんなよ。案外しょうもないことが引っかかってんのかもよ」
「うん」
 共にいる時間が長くなってはいけないなんて言い出したのは誰か。今朝の自分を脳内で蹴り飛ばしながら、今後の事を考える。ナマエもナマエで腕を組みつつ色々と思い返しているらしい。うんうんと唸りながら時折こちらを見てはまた頭を抱えだす。
 本当の別れは一体いつになるのか。答えも出ないまま結局万事屋の前までたどり着き、顔を見合わせたまま同時にため息を吐いた。


 パソコンから引っこ抜かれた日記が完全には消去されず、偶々それを見つけた緑髪の絡繰に言及されるまで。日記とは名ばかり、未練たらたらの恋文の中身を終ぞ知ることはなかった。

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