「ふー、やっと休憩だあ…はやくお昼たべちゃわないと…」

s e a n . 2

モデルマネージャーという仕事は想像以上にたいへんなものだった。各月のスケジュール管理やおうちから事務所間の送り迎え、他社への売り込みや雑用、パシリなど、とにかくいろいろな仕事を命じられ、わたしはそれらを必死にこなした。おかげで足は筋肉痛になるし、目の下にはくっきりクマまでできてしまったけれども、それ以上につかれたのは仕事のない休みの日だった。わたしはなぜか休みになると決まって黄瀬くんに呼びだされ、彼の買い物に付き合わされたり、彼のために車を運転してどこか遠くに連れていかされたり、時には暇潰しとして彼の家でテレビゲームに付き合わされたりもしたのだ。

ここでひとつ言っておくが、べつにわたしに休日の予定がなかったわけじゃない。わたしにだってともだちとあそんだり、久しぶりにかぞくと会ったりする予定があった。けれど、それらの予定は全て黄瀬くんにつぶされてしまったのだ。彼は、わたしの携帯を勝手に使い、電話やなりすましメールなどで予定を断るというけっこう横暴なことをやってのけたのだ。

そしてわたしはそれらを通してひとつ不思議なことに気がついた。黄瀬くんはなぜかお家で暇潰しをするとき以外はかならずスーツを着てくるようにわたしに指定してきたのだ。謎すぎる。

「うーん、なんでだろ…」

あごに手をおきながらぶつぶつと独り言をいっていると、突然うしろからわたしのなまえを呼ぶこえがした。

「なまえちゃんっ!」

わたしはそのこえにつられてパッとふりむくと、そこには満面の笑みをうかべたさつきちゃんがいた。

「あれ、さつきちゃん!お久しぶり!どうしたの?」

「んも〜、どうしたの?じゃないよ〜!なまえちゃんこそどうしたの〜?なんか神妙な顔してたよ〜?悩みごと?」

「へ、わたしそんなに悩んでいたのが表にでてた?」

「ふふ、わたしにはバレバレだよ!それでその悩みごとの原因はー…そうねえ、きーちゃんかしら?」

「そ、それもわかっちゃうの!?さつきちゃんってすごい…!!!」

「まあ、これはきっとわたしじゃなくてもわかることだよ!なまえちゃんっていっつもきーちゃんのはなしばっかりしているしね!」

「し、知らなかった…そしてなんか恥ずかしい…」

わたしがあつくなった頬に手をあてているとさつきちゃんが下からわたしのかおを覗きこんできた。

「で、今回はどうしたの?わたしでよければ話、聞くよ?」

「うん…あのね、」

わたしは視線を右へ左へといどうさせながらさっきまで考えていたことを話した。わたしの話をさいごまで静かにきいてくれたさつきちゃんはにこっと笑ったあとおもむろに口を開いた。

「なまえちゃん。」

「は、はい」

「きーちゃんがなんのためになまえちゃんにスーツを強要したのかがわかったよ。」

「おお、さすがさつきちゃん!で、そのお答えは!」

「きっとね、きーちゃんはなまえちゃんのことを守りたいんだよ。」

「へ、ま、守りたい…?」

「そう、守りたいの。」

「えっと…なにから?」

「女の子たちから。」

「あのー、わかりやすくいうと…?」

頭の回転がひじょうに遅いわたしが控えめにそういうと、さつきちゃんはじぶんのくちびるに人差し指をあてながら淡々とはなしはじめた。

「いい、なまえちゃん?あるていど名の通っているモデルっていうのは、どこにいてもすぐファンの子に見つかっちゃうからプライベートで目立つことをやると瞬く間に噂になっちゃうの。たとえどんなに小さなことでも有名人のやることはたくさんの人の目についちゃうからその気になればスキャンダルなんて何個でもつくれるの。」

「……」

「でね、そのスキャンダルの中で最もおおいのは男女関係。きーちゃんみたいな人はね、特定の女の子といっしょにいるだけですぐマスコミに騒ぎ立てられて、ファンの子たちがきーちゃんと一緒にいた女の子のことを妬んじゃうの。」

「……」

「いまわたしが言った女の子っていうのはなまえちゃんのことだよ。だってふたりはいつも一緒にいるでしょ?」

「…うん」

「きっとね、きーちゃんはなまえちゃんが嫌な想いをするのを避けたいんだとおもうんだ。だからなまえちゃんをどっからどうみても「モデルといっしょにいるマネージャー」にみえるようにするため、スーツ着用を指定してくるんだとおもうよ。」

「へー…」

正直おどろいた。人のきもちが手に取るようにわかるさつきちゃんにもおどろいたが、それ以上にいつもわがまま放題の黄瀬くんがそんなにもわたしのことを考えてくれてることにおどろいた。

「きーちゃんはね、意外と周りの状況をみて周囲の人に気を配っていることがあるんだよ。」

さつきちゃんはまるでわたしの心を見透かしたようにそう言った。

「普通のひとより仕事をするのがはやかったからなのかな。でも、これが意外とあんまり他の人からは気づかれないんだよね〜。」

「……」

「だからなまえちゃんだけはきーちゃんの理解者でいてあげてね!」

そういいながらふんわり笑ったさつきちゃんはすぐに「あ、いけない!もうすぐで休憩がおわっちゃう!」と慌て出した。

「さつきちゃん!たいせつな休憩時間なのにきょうはいろいろとありがとうね!」

「いえいえ、お役にたててなによりだよ!」

「お仕事、がんばってね!」

「うん!…あ、そうだ!こんどふたりでゆっくりお買い物にでも行こうよ!」

「うん!行こ行こ!」

わたしがそう返事をするとさつきちゃんは手を振ってパタパタと走っていってしまった。

「……」

――「きっとね、きーちゃんはなまえちゃんのことを守りたいんだよ。」

わたしの頭の中ではついさっきさつきちゃんにいわれた言葉がくるくるとまわっていた。へえ、そうだったんだ。黄瀬くん一応わたしのこと気を遣って守ってくれてたんだ。わたしぜんぜん気がつかなかったよ。ごめんね。でもね、もうわかったよ。わたし、前よりも黄瀬くんのいいところわかったからね。えへへ、なんだか嬉しいなあ。やっぱり黄瀬くんってなんだかんだやさしくてすてきなひとなんだ。わがままだけど他人のことを思いやれるすごいひとなんだ。よかった!

「あ、わたしもそろそろ行かなくちゃ!」

このあとは黄瀬くんを迎えにいってから、できたばかりのショッピングモールに行くよていなのだ。わたしはかけ足で事務所の駐車場まで向かった。なんとなくはやく黄瀬くんに会いたいようなそんな気分だった。

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一緒にいたいけど迷惑はかけたくない黄瀬くんのおはなし

121013
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