まるで遠くから聞こえるかのようなテレビの音。外から聞こえる子供たちの走る音と笑い声。わたしはそれらを聞きながらおひさまの温かさに包まれたソファーにゴロンと寝転がり、目を閉じていた。頭は朝の霧がかかったかのようにぼんやりし、思わず眠りの波に身を任せたくなる。時間はまるでハチミツのようなとろみを持ち、ゆっくりと落ちるかように、過ぎてゆく感じがする。

今日もくるかな

突然、水面から泡が現れてきたかのようにそんな考えが浮かんだ。しかしその考えは、またもや泡のようにパチンと消えてしまったので、わたしは再び眠りの波にゆらゆらと身を任せることにした。

本格的に眠りに就こうとしたその瞬間、おもむろにスマフォのバイブ音が鳴りだした。しかしわたしは電話に出ようとは思わなかった。眠気で頭がぼんやりとして、思考が柔らかくなっていたのでスマフォに手を伸ばそうという考えがゆるゆると沈んでなくなってしまったのだ。

しばらくするとバイブが止んだのでわたしは少しだけ寝返りをうった。うっすら目を開けるとまだ画面が光ったままだ。わたしはまた目を閉じようとしたのだが間髪いれずに再びスマフォのバイブ音がリビングに鳴り響いた。

流石に二回目の着信を無視するのは若干、本当に若干、心苦しいのでゆっくりと起き上がりスマフォを手にとった。画面にうつしだされていた人の名前は予想通りのものだった。

「ふぁい」

「ふぁいじゃねえよ。つーか電話くらい一回で出「どちらさまですかあー?」

「あ?…お前の彼氏様だよ」

「うわあ…」

「お前、ひいてんじゃねえよ」

電話越しにはあ、という深いため息が聞こえてくる。わたしは凛ちゃんがどんな顔をしているのかを簡単に想像することができた。

「で、なんの用でしょうか」

「あー…っとだな、お前今日の夜バイト入ってんだろ?」

「うん。まあ今日は深夜までじゃないけど」

「俺、火、木、土、日はそっち方面に走りに行ってるからお前のバイトが終わる頃、ランニングがてら迎えに行ってやるよ」

「ほんと?」

「ああ、だから店出たらいつものところで待ってろよ」

「ふふふ」

「…んだよ気持ちわりいな」

「いやあ、凛ちゃんはほんとわたしのことが好きなんだなあ、って」

「はあっ!?!?」

動揺したような大きな声とガシャーンと何かが割れる音が聞こえてきたのでわたしの眠気は一気に飛んでった。凛ちゃんが恥ずかしがりつつも慌てふためいているのは明らかであった。

「おま…!なっ、なんでそうなるんだよ!」

「だって凛ちゃんがこっち方面に来るって言った日、土曜日以外はわたしがシフト入ってる日だし、いっつもバイト前に同じような内容の電話してくるし…」

「ばばばばっかじゃねえの!!んなの全部偶然に決まってんだろ!!マグレだよマグレ!!」

「なんかすごく嘘くさいけど凛ちゃんかわいいからもうどうでもいいや」

「なんだよそれ!もう知らねえ!人のこと馬鹿にしやがって!お前のことなんか迎えに行ってやんねえ!勝手にしろ!」

「わかった、」

「えっ」

「勝手にするね!」

「ちょ、おい…」

「わたし〜、実は今日店長にバイトのあとに一緒にご飯を食べに行きませんか〜って誘われているんだよね。だから今日はそっちに行ってくるから凛ちゃんは来なくていいよ〜」

「なっ…!あのヒョロ男まじふざけんな…!shit!!」

「ちょっと、ヒョロ男って…凛ちゃん会ったことないでしょ」

「いや、前なまえがシフトに入ってない時こっそりバイト先に行ってきた。」

「えぇ〜初耳〜」

「店長ってあれだろ?フチの太いメガネをかけてヘラヘラ笑っているあのいけすかねえ野郎だろ?クソッ、人のもんに手を出すなんて許さねえ…今度またバイト先に乗り込んだ時、文句言ったあと助走つけてブン殴ってやる…」

「ちょっと、それは恥ずかしいからやめてください。でも店長、レストラン行ったあと車でお家まで送って行ってくれるって言ってたよ!やさしい!」

「はあああっ!?お前!!お前!!!!!そんなの危ないに決まってんだろ!!何考えてんだよ!!」

「えぇ〜別にわたしのお家にあげる訳じゃないんだから平気だよ〜」

「車って一応密室だぞ!!しかももし車で無理矢理ヤツの家に連れてかれでもしたらどうするんだ!!」

「凛ちゃん大げさ〜いくらなんでも考えすぎだよ〜っていうかうるさい〜」

「だあああああ!!!」

「わたしだあああああって口で言う人初めて見た〜」

あはは、と笑いながらそう言うと凛ちゃんは大げさに、そして観念したかようにため息をついた。

「ったく!!!もう分かったよ!やっぱ俺が迎えに行ってやる!だからあいつの誘いは断っとけ!つーか金輪際わたしのこと誘うな気持ち悪いくらい言っとけよな!」

「うん!結局はそうなると思ってた!」

「お前ってほんと性格悪いよな!」

「でも好きでしょ?」

「嫌いだよ!」

「わたしは凛ちゃんのこと好きだよ?」

「そんなの当たり前だろ!!」

「だからバイトをちゃっちゃと終わらせて早く凛ちゃんに会いたいなあ」

「うっ…」

「というかもうバイト行きたくないなあずっと凛ちゃんといたい」

「…それは行けよ。迎えに行ってやるから。」

「ほんと?」

「ああ…」

「ふふ、凛ちゃん優しい。好き。大好き。」

「なっ…!」

「ねえ、凛ちゃんは?」

「…俺も。俺も…好き。」

「よかったあ。じゃあバイト終わったら凛ちゃんちに行ってもいい?」

「ああ。」

「わたし、凛ちゃんが作ったオムライス食べたいなあ」

「俺に作らせる気かよ。つーか夜中にオムライスとか太るぞ。」

「だめ?」

「まあいいけど…」

「あ!凛ちゃん、DVDも借りよ!凛ちゃんちで映画みたいのわたし!」

「はいはいお好きにどうぞ」

「凛ちゃん凛ちゃん」

「なんだよ」

凛ちゃんが呆れたように、そしてなぜか余裕を取り戻したかのように笑ってきた。わたしはそのかっこよさがなんとなく気に食わなかったのでまるで悪戯を仕掛けるかのようにスマフォの通話口に軽く口付けを落としてやった。

「〜っ!?」

電話越しに、凛ちゃんが声にならない声をあげた後ドサドサっと物を落としたのが分かった。その後、彼は間髪入れずに「ばばばばかやろう!日中からなんてハレンチなことをするんだ!」と怒鳴りつけてきたのでわたしは一方的にばいばーい楽しみにしてるーと言って電話を切った。

「うふふふふ」

笑わずにはいられなかった。やっぱり凛ちゃんはかわいい。わたしは、余裕のある、みんなが知っているような、かっこよくて頭が良くて、英語ペラペラで、鮫柄のエースを務めている凛ちゃんより、わたしだけが知っている泣き虫で、怒ると赤い顔をして、いじめがいのある、わたしには一生口喧嘩では勝てないような、最高にめんどくさい性格の凛ちゃんの方がだいすきだ。

「へへ」

最近凛ちゃんのことを考えると自然と笑みがこぼれてきて、ぽかぽかしてくる。身体の中に小さなハートがたくさん集まって凛ちゃんへのスキがどんどん増えていく。そしてそのハートはやがてだんだん大きくなってどんどん膨らんでいくのだ。色付いて、きらきらして、眩しいくらいになって最後はきっと恋から愛に、変わるんだろうな!うふふ、たのしみ!


ちゃんと好き、もっと好き、ずっと好き

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みなさんが想像しているようなストイックな凛ちゃんのお話じゃなくてすみません…!
※Love you more:私の方があなたのことを愛している(I love youの返し文句)

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