※暗めの捏造話です。アムネシアlaterのネタも少し入っています。 「両目共見えなくなっちゃったんだよね、僕。」 星の見えない夜、いつものように二人でコーヒーを飲んでいると彼はサラッとそんなことを言いだした。 「え、」 突然、何かの冗談かと思った。だから「そんなの、うそですよね」と笑いながらすぐに言葉を続けようと思った。だけど、相手の言っていることを受け入れずにそう言葉を返すのは軽率だと感じたし、先程から不審に思っていた点があったのも事実だった。わざわざおうちまで送ってくれたケントさんの存在、いつもより慎重だった動作、キッチンから聞こえてきた「熱っ」という声、キッチンマットにできた小さなコーヒーのシミ、わたしは何故気づかなかったんだろう。 「ど、どうしてそんなことになってしまったんですか」 わたしは彼に返す言葉を一生懸命選んで、消えそうな声でそう聞いた。ああ、ダメだな。イッキさんの方がずっと不安なはずなのに。 「…きみも知ってるよね、僕の眼の力。」 ふう、と息を吐き出してから彼はポツリポツリと話をし始めた。 彼が言うにはこうだ。相手を見つめただけで虜にしてしまうその眼の力には眼球に直接の負担があったらしい。眼の神経をも酷使してしまうその力は、やがてイッキさんの眼の力を急速に衰えさせ、ついには光まで奪ったのだと言う。しかもイッキさんの両目が見えなくなったのはほんの半日前のことだった。 「って言ってもこれ全部ケンの分析結果の受け売りだけどね。まあ突然のことだったからケンもずいぶんびっくりしていたけど。」 彼はあはは、と笑いながらそう言い、「…まあこんな、一般の人が聞いたら羨ましく思うような特別な力、眼に負担があるなんて当然だよね。」と自虐的な言葉を続けた。 「そんな!イッキさんはなにも悪いことをしてないのに両目の視力を失うなんてあんまりです!」 気まぐれに神様がくれた力。けれども人間には強すぎる力。わたしはその力に困っていたイッキさんや翻弄された周りの人々を嫌という程見てきた。けれど、イッキさんはくじけても、自力で立ち直り自分の眼の力と向き合ってきた。なのに、なのに、 「ううっ…」 一生懸命堪えていたのにぽたぽたと涙が落ちてきた。恋人が、自分の最愛の人がこんな仕打ちにあっているのだ。当たり前かもしれない。 わたしがぼろぼろと汚く涙を零しているとイッキさんは呆れたように笑っていつものように、両目が見えていたときと何ら変わりない様子で、スムーズにわたしの頬を撫でた。 「なまえ、そんな顔しないで。」 まるでわたしがどんな表情をしているのかが見えているかのような口ぶりだった。ぱっと顔をあげると彼の両目は完全にわたしの方を向いていた。だから一瞬だけ期待をしてしまったのだ。またいつものようにささやかでありふれた日常を過ごせるんじゃないのかとバカみたいに考えてしまったのだ。 けれども彼の眼からは完全に光が消えていた。わたしはつまらない期待をして結果的に現実から目を背けてしまってただけなのだ。 わたしはイッキさんが心配にならないよう無理やり笑った。けれどもイッキさんには、わたしの歪な笑顔は見えていない。ズキッと心が痛んだ。イッキさんはもう永遠にわたしを見ることができないんだ。わたし以外の人も、咲いている花も、綺麗な景色も、素敵な作品も、夜空に煌めく星座でさえ見ることができないのだ。 そう思うと、またもや涙が溢れてきてしまった。グッと口を結んでも自分の意志に反してこぼれてきてしまう。わたしは堪えられなくなってイッキさんを抱きしめた。 「…なまえ」 「はい。」 「今更こんなことを聞くなんて、すごく馬鹿げてるのは分かっているけど、聞いてくれるかな?」 「…はい。」 「……」 「イッキさん…?」 「きみは…両目とも見えなくなった、こんな僕でも好きでいてくれるかい?」 「え…?」 「こんなこと聞いてごめんね。でも怖いんだ。どうしようもなく、不安なんだ。目が見えなくなった僕なんて君にとっては邪魔なだけの存在かもしれないからさ。こんなことじゃだめなのにね。きみがそんなこと思うわけないって分かってるのに。どうしようもないんだ。バカだね僕は。きみを守るって決めたのにほんと情けないよ。」 イッキさんは力なく笑った。その笑顔を見ているのが辛かった。イッキさんの身体が小刻みに震えていた。 そんな彼を見てわたしの中から強い気持ちがこみ上げてきた。この気持ちを余すことなく彼に伝えたかった。 「イッキさん、わたしはあなたのことがだいすきです。かっこいいところも、素敵なところも、意外と子供っぽいところも全部知っています。わたしはその全部が好きなんです。目が見えなくなったってイッキさんはイッキさんです。それだけのことでイッキさんのことが嫌いになる訳ありません。いや、嫌いになれる訳ありません。それに前に言ったじゃないですか。辛いことや困難なことは二人で乗り切ろうって。なんでも二人で一緒に解決しようって。わたしはあなたの傍で、あなたの力に、あなたの支えになりたいんです。」 ぎゅっと腰に回す腕に力が入った。自分の肩に温かい雫が染み込むのを感じた。 「はは、すごいな。きみは強いね。」 「イッキさんと一緒だから強くなれるんです。」 「ほんと、叶わないないなあ。」 「わたしはイッキさんと一緒にもっともっと強くなりたいと思っています。」 そう言うとイッキさんは少し驚いた顔をしたあと柔らかい声でありがとう、と言いながらクスクスと笑った。ようやくみれたイッキさんの心からの笑顔だった。 「僕も君と一緒に強くなりたいな。」 夜空に一筋の星が流れ落ちた気がした。 |