※だいたい高校生位の時の話

わたしは不覚にもこの伏見猿比古というどうしようもない男と長年つるんで過ごしてきた。しかし、長年つるんできたにも関わらずこの男に良いところは何一つ見つからず、わたしはいつも「なんでこんなやつと関わり合いを持っているのだろう」と考えては毎度毎度憂鬱になっていた。そもそも伏見猿比古という男は短所のほうが圧倒的に目立つ男で、それこそ例をあげたらキリがなかった。そして今もそう。こいつは今日の家庭科の授業で作ったマドレーヌをクラスの女子から大量にもらい、家に持ち帰り、一つ残らずごみ袋の中にぶちこんだのだ。もはや清らかで善良な人間のやることじゃない。そしてこんなやつがモテるのがなんとなくむかつく。みんな見る目なさすぎだよ、ほんと。

「わー猿比古サイテー」

わたしは分厚いゲームの攻略本を読みながら思ったことを素直に言った。もちろん猿比古には目もくれず攻略本から一ミリも目を離さなかった。

「はぁ?こんな誰が作ったかわからないような気色わるいもの、食べられるわけがないだろ。そんくらいわかれよなまえー。」

「いや、わからないわよ。あんたみたいなクズのきもちなんかわかるわけないでしょバカ。」

わたしはそう言いながらペラッとページをめくった。猿比古はソファーの上でだらけながら楽しそうに笑っている。相変わらずどこか頭がおかしいようだ。

「なあなまえー。なまえー。」

「何」

「お前、早く俺に手作りのマドレーヌよこせよ。」

「あんた何十個もマドレーヌ捨てといて今さら何言ってんのよ。」

「もちろんなまえのは別だよ。ちゃんと一口残らず食うからさ、な?」

「ふふ、ざーんねん。」

「…はぁ?」

「わたしの作ったマドレーヌはもう他のひとにあげちゃったからありませーん。」

わたしがおどけながらそう言うと突然横から鋭い殺気を感じた。え、何、と思ってわたしは攻略本から目を離すと猿比古がすごい形相でこちらを睨んでいた。微かに笑っているのがまた不気味だ。

「…なあなまえー、一体誰にあげたんだよ?どこのクズに俺の大事な大事なマドレーヌをあげたんだ?男か?女か?同学年か?他学年か?先生か?生徒か?なあ、なあ、なまえー?」

「ねえ、それ今言わなきゃだめ?そんなに重要なこと?」

「当たり前だろ。早く言え。」

「はあ…部活の後輩だよ。お昼ご飯忘れたって言ってたからあげたの。」

「男か女かどっちだ。」

「男」

「はっ!?!?!?」

「うっそー、女の子だよーん。あはは、猿比古ウケる。」

「……」

「あれ、猿比古くーん。もしもーし。」

「…ろす」

「へ?」

「その女…絶対に殺す…」

「え、ちょ、やめてよ。友人が加害者で後輩が被害者とか笑えない。」

「殺してやる…」

「まあまあ猿比古くん、ちょっと落ち着きたまえ。」

「いやだね。俺は今最高にイライラしてるんだよ。」

「そんなに?」

「そんなに。」

「はあ…もう仕方ないなあほんと。」

「…は?」

「…猿比古、今度あんたにマドレーヌ十個作ってあげるよ。ううん、マドレーヌじゃなくてもいい。あんたの好きなもの何でも、何個でも作ってあげる。ね?どうよ。いい話でしょ?だから機嫌なおしてよ。あんたの機嫌がわるいとすっごく面倒なのよ。」

「……」

「ね。さーるーひーこー?」

「人の真似するな。」

「さーるーひーこー。」

「…チッ、仕方ねえな。今回だけは見逃してやるよ。今回だけな。」

「猿比古チョロッ」

「ぁあ?」

「いーえ、なんにも…っくしゅ!!」

「お、なまえ風邪か?」

「わかんない。でもちょっと寒いかも…」

「ハハ、馬鹿でも風邪引くんだな。」

「うるさい。っていうかわたしが風邪っぽいのはきっと猿比古がきのう夜遅くまでわたしのこと連れ回したせいだからね。絶対あんたのせいだからね。いくら温厚なわたしでも今回ばかりは許さないわよ。」

「なあなまえ、もう遅いし今日はうちに泊まってけよ。」

「ねえ、あんた人の話聞いてる?っていうかわたし風邪気味なんですけど。」

「よし、なまえも泊まっていくことだし今からゲームでもするか。」

「いや、泊まっていかないから。わたし猿比古に風邪うつしたくないし。とりあえず今日はもうわたし帰るからね。はい解散。ばいばい。」

「ククッ、」

「な、何よ。」

「残念だったなあなまえ?俺はこんなこともあろうかとお前の靴を俺のプライベートルームに放り込んでおいたのさ。」

「っはあ!?ちょっとあんたなにしてんのよ!?」

「これじゃあおうちに帰れないなあ、なまえ?」

「…い、いいわよ。今日は猿比古のくつ履いて帰るから。」

「ちなみに俺はついさっきお前の家の鍵も鞄の中からとって部屋に放り込んでおいた。」

「ちょ、鍵も!?あんたいい加減にしなさいよ!どっちも返して!早く!」

「嫌だね。」

「いいわ、わたしが無理矢理取り返してやる!」

「無理だよ。俺のプライベートルームを開けるには専用の鍵と俺が考えたパスワードと俺の指紋が必要だからな。」

「……」

「開いた口も塞がらないって感じだなあなまえ?」

「…むかつく。むかつくむかつくむかつく!!」

「ふふ、なまえに憎まれるなんて嬉しいなあ。」

猿比古はにやにやと笑いながらテレビゲームの準備をしはじめた。はあ、こいつのこういう強引に自分の意見をつき通そうとするところもむかつく。きらい。

「…猿比古」

「ん〜?」

「はあ…」

「ククッ」

「あんた、この間言ってた映画は」

「ああ、ちゃんと二本とも借りてきたぜ。」

「漫画は」

「最新巻を買っておいた。」

「紅茶」

「先週、わざわざなまえがすきな隣町の喫茶店まで行ってそこでおいしいって評判の茶葉を買ってきたぜ。」

「…猿比古、部屋着貸してくれる?」

「もちろん」

「……」

「はい、決まりー。」

「はあ…今日だけね。ほんっとーに今日だけだからね。」

「なまえチョロッ」

「ちょっとあんたねえ…そんな自分勝手なことばっかりしているといつかわたしに殺されるわよ。包丁とかで。」

「ああ、そんな死に方も悪くないな。」

「はあ?それ本気?」

「本気に決まってんだろ?」

「もう、あんたってほんっとうにバカね…っくしゅ!」

わたしがくしゃみをしながら身震いをすると猿比古はわたしの顔面に灰色のブランケットを投げつけてきた。なかなか痛かったので抗議及び顔面にパンチでもかましてやろうかと思ったが、テーブルの隅っこに甘いミルクティーとわたしのすきなチョコチップクッキーが置いてあったので、とりあえず大人しくブランケットを羽織っといてやった。


ループ・アンド・ループ

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伏見さんのことを嫌い嫌いと言いつつも実はそこまで嫌いじゃない(というかもう慣れてしまった)ヒロインとヒロインのことを盲目的に好いている(ただし女性としてではなく一人の人間として)伏見さん

130107