こんな夢をみた。

わたしが正座をしたまま沖田さんの枕元にすわっていると、仰向きに寝ていた彼がしずかなこえで「ぼくはもうすぐ死んでましまうんだ」と言った。沖田さんはさらさらとした髪の毛を枕にしきながら横たわっていた。頬はあたたかい血のいろがさしていてくちびるはいつも通り赤い。とうてい死にそうにはみえなかった。しかし沖田さんは静かな、凛としたこえで、もういちど「ぼくはもうすぐ死んでましまうんだ」とはっきり言った。わたしも不思議とたしかに死ぬなとおもった。

わたしはそうですか、と上からのぞきこむようにしてしずかに言った。そうなんだよ。彼はおどけたように笑いながらゆっくりと目をあけた。潤いのある瞳のなかはただ一面、澄んだみどりいろをしていてその奥には自分の姿が浮かんでいた。

わたしは沖田さんの瞳のつやを眺めながら、これでも、ほんとうに死んでしまうのだろうか、と思った。だからわたしは彼の耳元で 「しかしあなたが死にそうにはみえません。」と呟いた。

すると彼はみどりいろの瞳を眠そうにみはったまま、やっぱりしずかなこえで「でも死んじゃうんだよ。仕方ないじゃないか。」と言った。

じゃあわたしの顔は見えますか、わたしは声の調子を変えないまま沖田さんにそう質問をしてみた。そしたら彼は見えますかって、そこに写ってるじゃないか、と言いながらにこりと笑ってみせた。わたしは黙って顔から枕を離した。そして体制をととのえながら本当に、どうしても死んでしまうのだろうかと思った。

しばらくすると、沖田さんがまた口を開いた。

「ねえ、」

「はい」

「ぼくが死んだら土のなかに埋めてくれるかな。大きな真珠貝で穴を掘ってさ。そしたら天から落ちてくる星の欠片を墓標においてほしいんだ。」

「……」

「そのあとさ、ぼくの墓のそばでぼくのこと待っていてくれる?またきみに会いにいくからさ。」

わたしはいつ会いにきてくれるんですか、と聞いた。

「日が出て、日が沈んで、それからまた出てそうしてまた沈む。赤い日が東から西へ、東から西へと落ちていくうちにゆっくり会いに行ってあげるよ。きみ、ぼくのこと待っていられる?」

わたしは静かに、けど確かにうなずいた。すると沖田さんはわらいながらまるで冗談を言うかのように「百年、ぼくのことを待っていてよ。」と言った。

「…百年?」

「そう。百年、ぼくの墓のそばに座って待っていてよ。きっときみに会いにいくからさ。」

わたしはただ待っていますと答えた。すると、みどりいろの瞳のなかに鮮やかにみえたじぶんの姿が、ぼうっと崩れてきた。静かな水が動いてうつる影を乱したようにながれだした、と思ったら沖田さんの瞳がぱちりと閉じた。そのはずみで長いまつげの間から涙が頬へと垂れた。彼はもう死んでいた。

わたしは無性にかなしくなった。まあ、大切な人が亡くなったのだから当たり前だろう。だけど、涙を流したりはしなかった。きっと、わたしの中では沖田さんとの約束を守らなくては、という使命感のような気持ちの方が悲しみよりも大きかったのだ。

それからわたしは小さな丘にのぼり、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きななめらかな縁の鋭い貝だった。土をすくうたびに貝の裏に月の光がさしてきらきらした。地面からは湿った土のにおいもした。穴はしばらくして掘れた。わたしは沖田さんをその中へいれた。そうして柔らかな土を、うえからそっとかけた。かけるたびに真珠貝の裏に月の光がさした。

それからわたしは空からおちてきた星の欠片を拾ってきて土の上へのせた。星の欠片はまるかった。きっと長いあいだ大空をおちている間に角がとれてなめらかになったんだろうなあ、と頭のすみっこで考えた。

わたしは苔のはえた石のうえに腰をかけた。これから百年のあいだこうして待ちつづけるんだなあと考えながら、手をこすりあわせて丸い墓石をながめた。そしてそのうち沖田さんが言ったとおり日が東からでた。大きくて、赤い太陽だった。そのあとまた沖田さんが言ったとおりやがて西におちた。わたしは一日目とカウントした。

しばらくするとまた赤い太陽がのそりと上ってきた。そうして黙って沈んでしまった。わたしは二日目とカウントした。

わたしはこういうふうにカウントをしていくうちに赤い太陽をいくつ見たかわからなくなってしまった。カウントしても、カウントしても、しつくせないほど赤い太陽が頭の上を通り越していった。それでも百年はまだ経たない。もしかしたら、あれは沖田さんのたわいもない冗談だったのかもしれない、そう思ってしまうこともあった。

わたしがいつものように石のうえに腰をかけて待っているとおもむろに地面から自分の方に向かって青い茎がのびてきた。その茎はみるみるうちにながくなっていき丁度自分の胸のあたりまで来てとまった。かと思うとすらりと茎がかたむき、ゆっくり蕾が育ち、ふっくらとはなびらがひらいた。真っ白な百合の心地よいにおいが鼻孔をくすぐった。どこか懐かしいにおいがした。わたしはなぜだか胸が一杯になり、引き寄せられるように百合の白いはなびらにキスをした。自分が百合から顔を離すと、遠い空に星がたった一つ、ちいさな宝石のように瞬いていた。

わたしはこのときはじめて「もう百年経っていたんだ。」と気がついた。彼が死んでからはじめて流した涙は、百年ぶりに流した涙は、なかなか止まってはくれなかった。


神話と首飾り

covered by 夢十夜/夏目漱石

120331