「はあ…」

わたしは今までの疲れをすべて吐き出すかのようにため息をつき、先週よりもいくらか細くなった月を無感動に見上げた。数時間も続いた面倒なクレームによりクタクタになってしまった身体を、とぼとぼと引きずりながらわたしは一人で夜の道を歩いた。

「(ったく、今回の残業は長かったうえにきつかったなあ…)」

容赦なくふきつけてくる寒風に身をちぢこませながらもんもんと不満をためたわたしはアパートのぼろっちい階段を早足でのぼりきった。そしてそのあとおもむろに玄関をあけると寝ているであろうと予想していた銀時がめずらしくわたしのことを出迎えてくれたのだ。

「え、あ、あれ…?」

「おかえり〜」

「…あ、ただいま…」

「いやあなまえさん、それにしても今回の残業はいつもより長かったですね〜」

「それ、わたしもさっき思ってたところ…」

「あ、そう?まあまあ、とりあえずそんなとこに突っ立ってないであがりなさいな。」

わたしは依然として訳がわからないまま立ち尽くしていたが、へらっと笑った銀時に手を引っ張られたのでのろのろとリビングへと向かった。



とりあえずわたしは真っ赤なソファーに座らされて、少しの間銀時に待っているようにと命じられた。銀時はというとキッチンで不恰好な鼻唄をうたいながらなにかの作業に没頭していた。

「(うーん、なにしてるんだろ…)」

わたしはつけっぱなしのテレビをぼんやり眺めながら頭のすみっこでそんなことをふわふわと考えていた。すると、ふいに銀時が少しだけ嬉しそうな声でわたしの名前を呼んだ。

「なまえ」

「はあい」

「できましたよー」

「…え、なにが?」

「ほら」

銀時はへらへらしながらまあるいテーブルにコト、とストロベリーパンナコッタをおいてくれた。

「…これ銀時が作ってくれたの?」

「そうだよ〜。銀さんお手製ですよ〜。」

「……」

「疲れているときは甘いものがいちばんなんだぜ〜。な、たべてみろよ。」

「……」

おそらく銀時は疲れきったわたしに気をつかってこんなすてきなデザートをだしてくれたのであろう。照れ隠しをしているのか、プイッとそっぽをむいてしまった銀時をジッと見つめながらわたしは伝わりにくい彼の優しさに不覚にも感動した。すると、もやもやとしていた不快なきもちは消え去り、なんとなく温かくて柔らかい気持ちになれた。そして、自惚れているのかもしれないけど銀時に大切にされているような、そんな気がした。

「銀時」

「あ?」

「ありがとう、おしいくいただかせてもらいます。」

「どうぞどうぞ」

「…ふふ」

「な、なんだよ」

「案外わたしって愛されているんだね」

冗談を口にするかのように、少しだけ笑いながらそう言うと、銀時もわたしと同じようにニヤッと笑った。

「しょうがねえだろ。愛しちゃってるんだから。」

銀時らしからぬ素直すぎる言葉にわたしが目を見開いて驚くと銀時はしてやったりと至極いじわるそうな顔をした。そんな顔をみたわたしはなんとなく悔しくなったので彼の肩をグイッと引っ張り唇に噛みついてやった。


ふたつの角砂糖

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