Misunderstanding of feelings
この島に停泊してから十三日目の夜、俺が船尾からぼんやり夜空を眺めていると、コツコツヒールが鳴る音がした。くるっと振り向いてみると少し離れた所になまえが佇んでいた。
「なまえ…」
「エース、久しぶりね!あなた、最近あたしの店に来ていなかったから心配してたのよ?なんか大変なことでもあったの?」
コテンと首を傾げるあいつの仕草を見ると突然、ズキッと胸が痛んだ。過去におきた事件の面影が全く残ってないあいつの表情に思わず言葉がつっかえた。
「…いや、」
「ふーん?まあ、それならいいんだけどね。」
そう言ってあいつは自分の兄貴の敵であるはずの「海賊」である俺に向かってやんわりと笑ってきた。だから俺は思わず唇をきつく噛んでしまった。
「……」
「…?エース…?」
「……」
「ねえ、」
「…あ?」
「もう、どうしたのよ。なんていうか、すごい険しい顔しているわよ…?」
「いや、別になんでもねえ…」
「…うそつき。そんな険しい顔してるのになんでもない訳ないじゃない。」
「……」
「ねえ…エース、何であたしに何も言ってくれないの?一体あたしに何隠してるの?」
「言ってくれない」「隠してる」――その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず心にはびこっていた理不尽な怒りを少しだけ露にしてしまった。
「…何隠してるのって…大事なことをずっと隠してたのはそっちじゃねえかよ…。」
「…え?」
ついうっかり口走ってしまった言葉に対して俺がしまったと思う間もなくあいつは怪訝そうな顔を作り出した。
「…っ、」
「エース、今のどういう意味…?」
「……」
「ねえ…、も、もしかして誰かから何か聞いたの…?」
「……」
「…ねえっ!」
俺の真正面にいるあいつは不安そうに瞳を揺らし、初めて声を荒げた。俺はその瞳を見た瞬間、自分の中にある気持ちを吐き出さずにはいられなくなった。
「…っ、お前の…兄貴、」
「え?」
「…お前の兄貴、海賊に殺されちまったんだろ?」
「う、うん。まあ…でも、そんなの昔の話だし…って、え…あ、まさか、」
「……」
「…エース、自分も海賊だからってその事件のこと気にしてるの?」
「……」
「そうなのね?」
「……」
俺は堪らなくなって思わずなまえから視線を逸らしてしまった。が、どうやらあいつはその行動を肯定の意味であると理解出来たらしい。
「ねえエース、もうそんなこと気にしないで。あたし、別に海賊のこと恨んでないし、エースたちみたいな海賊はみんな好きよ。だから…」
「でも、俺はなまえの兄貴を殺したやつと同じ「海賊」をやっているんだ。俺とそいつの面影が重なっちまうことだって、きっとあるはずだ。」
「そんなことない。」
「…何で言い切れる。」
「だって…」
「……」
「…だって、エースはエースだもの。」
「…そんなの理由になってねえ。」
「…っ、なんで…、なんで分かってくれないの?あたしは…、海賊のエースが、いつも傍にいてくれるエースが、好きなのよっ…。」
突然あいつが声を絞り出して余りにも辛そうに、苦しそうに呟いたもんだから俺は思わず驚いてしまった。
「……」
「…あたしはエースが、エース自身が好きよ。だから絶対に大丈夫。エースがあたしの兄を殺したやつと同じ「海賊」をやっていても構わない。」
「…そんなことあるわけねえだろ。」
「…へ?」
「お前は…いつかきっと、昔の事件を思い出す。そして俺の存在が重荷になって、絶対に駄目になる時が来る。」
「……」
「だから、俺のことなんて好きになるな。」
俺はずっと求めていた人の好意を、愛情を最低の形で拒絶した。重苦しいのは、臆病なのは俺なのにあたかも相手の為みたいに偽りの言葉をつらつらと並べた。
「…っ、」
あいつは酷く傷ついた顔をし、ガラス玉のような瞳からぽろぽろと涙を流しはじめた。耐えられなくなった俺はあいつと目線を合わせられなくなった。
「だから…」
「もう…いいっ、」
「……」
「エースがそう思っていたのなら、しょうがないわ…。」
「……」
「でも、貴方にあたしの想いまでを踏みにじれる権利は無い…!」
あいつはそう叫んだ後、俺に背を向けてぱたぱた駆け出していってしまった。俺は追い掛けることも出来ず、ただただあいつの悲痛な声から逃れる為に俯き続けていた。