お気に入りのローズティーにお砂糖を放りこむと、わたしの真正面にいたハウルがおもむろに口を開き始めた。

「ねえ、」

「なあに」

「やっぱり行かないでよ。」

「いやよ」

「別にぼく、一生このままでいいからさ。」

「だめ。わたしはあなたの呪いを解きたいの。」

「珍しい呪いだし絶対無理だよ。」

「あのねえ、わたしだって一応立派な魔法使いなのよ?だから、どんなへんてこな呪いでも治す方法を見つけることができたら確実に解けるわ。」

「どんな呪いでも?」

「そう。」

わたしがそう答えると彼は突然せきをして、口から淡い色をした花びらを出した。こんなに珍しくて非現実的で、美しい呪いを見たのは生まれて初めてだった。

「世の中には色んな呪いがあるのね。」

「そのようだね。」

「なんだかすごく治したくなっちゃった。」

「別にいいよ。」

「ううん。やっぱりなんとかしなくちゃ。わたし、魔法医学を学ぶために遠くの街に行くわ。」

「…仮に遠く離れたところへ行くとして、きみはいつ帰ってくるのさ。」

「その呪いを確実に治す方法が見つかったらかしらね。」

「そんな理不尽な。」

「そんなのいつものことじゃない。」

わたしがそう言いながら紅茶を啜るとハウルは少しだけ悲しいかおをしたあとわたしの手をそっと握った。

「あら、どうしたのハウル。」

「ぼくは、」

「うん」

「きみがすきだ。」

「そんなの前から知ってるわ。」

「真面目にきいて。」

「はいはい。」

「…だけど、ぼくはこの呪いのせいでだいぶ命を削られてしまった。」

「うん」

「何が言いたいかわかるかい?」

「さっぱり」

「…ぼくは」

「うん」

「その時が訪れたらなまえに看取られながら死にたいんだ。」

「……」

「最後に言葉を交わすのは他の誰でもない、なまえがいい。」

「……」

「そしてその時が来るまではずっとそばにいてほしい。」

「……」

「…本当はどんな魔法を使ってでも君を引きとめたいんだ。」

青々とした、ガラス玉のような瞳がわたしをとらえた。瞳の中に映っていたわたしはちょっぴり困ったかおをしていた。

「でもあなたは無理矢理魔法でわたしを引きとめるなんてことするはずないわ。」

「……」

「やさしいからね。」

「臆病なだけさ。」

「あら、わたしはそんなところもすきよ。」

「でもなまえを引き留めることはできない。」

「そうね。」

「今のぼくは好きなひとを引きとめることさえできないんだ。」

かすかに笑いながらそう呟いたハウルはあまりにも弱々しくて、今にも消えてしまいそうだった。だから、わたしは彼が消えてしまわないように彼のことをしっかりと抱きしめた。

「別に帰ってこないわけじゃないのよ。」

「わかってる。それに、きみが僕のことを思った上で遠くへ行きたいといっていることも理解している。」

「……」

「でも、どうしようもなくさみしいんだ。」

「……」

「ああ、もしかしたらこの呪いのせいで心まで弱くなってしまったのかな。」

「…ごめんなさい。」

「別に謝ることはないよ。」

「……」

わたしがなにも言えずに俯いているとハウルはわたしが何を思っているのか理解したらしくゆっくり口を開いた。

「行ってしまうのかい?」

ハウルの問いかけにわたしが静かに頷くと彼はギュッと腕に力を込めた。わたしも彼と同じように力を込めると、彼はふいにわたしの身体を離した。彼は優しいのだ。口では色々言っているけど、相手の気持ちを優先してくれる本当に優しい魔法使いなのだ。

「…ありがとうハウル」

わたしがそう言うとすみれ色のカーテンが誰かを送り出すかのようにパタパタとはためいた。


さよならの森の中で

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一応続かせる予定です
※ハウルくんの呪いについての補足
ハウルくんの呪いは口から花びらがはらはらと出てきてしまう呪い。彼の命そのものがはなびらという物質に形を変えて身体の外へ出ていってしまうので彼の寿命はどんどん短くなるのです、みたいな。

111202