夜ごはんを食べ終わったあと、わたしはタンスの中からたくさんの着物を出して、明日着ていく服を決めようとした。一着ずつ手に取り全身をうつせる鏡の前で着物を合わせていると、ふいにふすまが開いて土方さんがずかずかと部屋に入ってきた。 「邪魔するぞ。」 「あ、土方さん。こんな時間にどうしたんですか?」 くるっと振り向いてわたしがそう言うと土方さんはその瞬間、ずたずたになった隊服をずいっと前に出してきた。 「これを出来るだけ早く直しとけ。」 「うわあ、また派手にやりましたねえ。まさかこの間の戦いのせいでこんなボロボロになっちゃったんですか?」 「まあ、そんなところだ。」 「はあ…わかりました。きちんと直しておくんで、できたら取りにきてくださいね。」 わたしがそう言いながら隊服を受けとると土方さんはなぜか少しだけそわそわとしだした。 「…土方さん、どうしたんですか?」 「べ、別に?つーかお前こそそんなに着物を広げてなにやってんだよ。」 「着物選びです。」 「ああ?」 「えっと、あした甘味屋へ行くときに着ていく着物をどれにしようかなあって悩んでいたところなんです。」 「…誰と行くんだよ。」 「坂田さんとです。」 「えっ」 「あれ、言ってませんでしたっけ?」 「…聞いてない」 「ああ、じゃあすみませんでした。…っていうか土方さん、どうかしましたか…?」 「や、な、なんでも…」 「そうですか。」 「ああ。…でも、甘味屋くらいなら俺がいくらでも連れてってやるのに…。」 「えっ、すみません。なにか言いましたか?」 「いっ…いや、別になにも…。」 「…?そうですか。」 「…っ。な…なあ、おま」 「あ、坂田さんから電話だ。」 「えっ!」 わたしは土方さんの驚く声をよそに、ティロティロと安っぽい音楽を鳴らしている携帯をひょいっと手にとった。するとその瞬間、不思議なことに土方さんは妙に構えたようなポーズをとりだした。そして、そのあと土方さんはこちらを鋭い目で凝視し、急にピタッと口をつぐんだ。 「もしもし〜」 『あ、なまえちゃん?急に電話かけたりしてごめんね〜』 「いえいえ。それよりどうかしましたか?」 『あ…そうそう、あしたのことなんだけどさあ、』 「はい」 『銀さんあしたの午前中は仕事があるって言ってたじゃん?だけど、その仕事を見事新八たちに押し付けることが…っじゃなくてー…、えっと…し、仕事自体がなくなった…そう!仕事自体がなくなったから、午前中から甘味屋に行けるようになったよ〜』 「え、ほんとですか!?じゃあ予定を変更して十時くらいになったら万事屋さんに行きますね!」 『あー、いいいい。時間になったら俺がそっちまで迎えに行ってやるよ。』 「わあ、ありがとうございます!坂田さんって優しいんですね!」 『そうだよ。実は俺、意外と優しいだぜ。特に夜になったらもっとこう…』 と、そこまで聞こえたあとものすごい速さで土方さんに携帯を奪われた。それがあまりにも突然のことだったのでわたしはただただ呆然とすることしかできなかった。 「…おい万事屋。」 『手取り足取りね…って、え?な、なに?ちょ、なんで多串くん?』 「…てめえ、なまえにくだらないことを吹き込むんじゃねえ。っつーかなまえは明日、外には出さねえぞ。」 『えっ』 「えっ!ちょ、ひ、土方さん!今更何言ってるんですか!?っていうかそんなの初耳なんですけど!!」 「…なまえには溜まっている真選組の仕事をたくさんやってもらわないといけねえから明日は無理だ。つーかてめえがなまえと二人きりになれるなんてことはこの先永久に無いと思っとけ。」 『あっ、てめ、職権濫用すんな!汚ねえぞっ!』 「うるせえ。とにかく明日は無しだからな。」 『ふざけるなっ!てめえ、もう一度なまえちゃんに代わ…』 坂田さんの声が中途半端に途切れ代わりに無機質な電子音が流れてきた。 『ツーツーツー…』 「よしこれで完璧だな。」 満足そうにそう言いながら短く息を吐いた土方さんはようやくわたしに携帯を返してくれた。が、わたしは土方さんに向かって怒鳴らずにはいられなくなった。 「土方さんっ!!」 わたしが大きな声で名前を呼ぶと土方さんは一瞬ビクッとした。そしてそのあと、いつものあのふてぶてしいような顔にすぐ戻った。 「…なんだ。」 「もう!なんだじゃないですよっ!!明日たくさんやることがあるなんてわたし聞いてませんよ!?」 「俺だってお前が明日出かけるなんて聞いてなかったんだから、これでおあいこだろ。」 「もう、それについてはさっき謝ったじゃないですかー!」 「でももう遅い。明日お前は一日中仕事漬けだ。」 「いやです!」 「副長命令だ。」 「職権濫用!鬼!!」 「なんとでも言え。」 「く〜!!」 「とにかく今日は遅いからもう寝ろ。わかったな?」 「……」 「おい、わかったのか?」 「……ほ、」 「ほ?」 「土方さんのあほーっ!!」 「!」 「頭でっかち!スカポンタン!おたんこなす!もう知らない!人の楽しみを奪う人なんてだいっきらいですっ!!」 寝ている人が全員目を覚ましてしまいそうな大声で不満をぶちまけると土方さんは珍しくショックを受けたような顔をした。わたしはそんな哀愁ただよう土方さんを見て一瞬心が痛んだが、そんなちいさなことで許してしまわぬよう最大限の努力をした。 「……」 「ひ、土方さんなんてもう知りませんからね!」 「……」 「わたし怒ってますよ!」 「……」 「(あ、あれ、もしかして土方さんも怒って、る…?)」 「…じゃあ、わかった。」 「へっ!な、なにがですか?」 「なまえ、明日は一日中俺の雑用をしろ。」 「結局!」 「…けど、もし仕事が早く終わったら特別に俺が甘味屋に連れていってやる。」 「えっ…!ほ、ほんとですか!?」 「ああ。俺がお前の食べたいものを奢ってやるよ。」 「いくつですか?」 「一つに決まってんだろ。」 「えー!!そんだけじゃあわたし、明日雑用もやりませんし土方さんのこともずっと許しません!」 「ぐっ…!」 「ずっとですよ、ずーっと!永遠に!」 「…あーもう!分かったよ!なんでも食え!全部奢ってやる!」 「やったー!土方さん、だいすきです!」 わたしはついさっきまでぷんぷん怒っていたはずのにこんな些細なことでいつの間にか機嫌を直してしまっていた。そんな単純すぎる自分自身にちょっぴり呆れてしまったが、土方さんが少しだけ嬉そうにわたしの頭を撫でてくれたのでまあ…今回だけは、特別視によしとしよう。 |