「じゃあな」「じゃあね」

枯葉が舞うような少し肌寒い季節に、わたしたちは簡単な別れを告げた。もう一生会うことがないであろうあの人はわたしと目線も合わせることもなく黒いポルシェに乗りこみ、わたしの知らないところへと消えていった。

「(あ、このエンジン音…)」

嫌でも耳についているこの音をきいた瞬間、わたしは無意識の内に晋助との思い出をたくさんのことを思いだしてしまった。

「…っ」

わたしの頭を過った残像はどれもこれも鮮明なものだった。そして、どれもこれも大切なものだった。少し座りにくい黒のシート。車の中でよく流れていたメノウ・チューン。大人の香りがする香水。艶やかな髪の毛。冷たくて骨ばった手。薄い唇。たまに見せる笑顔。低めの声で呼ぶわたしの名前。…あれ、急に視界がぼやけてきた。

だめ、だめ、やめてよ、もう。

全部全部、頭の中や心の底でぐるぐる回って消えてくれようとしない。きっと一生覚えてる。ううん、「きっと」じゃない。「絶対」わたしはこのままおいてけぼりだ。

「なんで…なんで、わたしたちはだめになちゃったんだろうね。」

他の恋人たちは離ればなれになっても平気なはずなのに、なんでわたしたちにはそれができなかったんだろうね。

わたしの自嘲気味な独り言は誰にも聞かれず、誰のもとにも届かず灰色の空へと吸い込まれていった。そしてそのあと、ぽつぽつと冷たい雨が降り注いできた。


それでもしあわせな時の思い出をおもいだすときはきっと真っ先にあなたの顔が浮かんでくるんだろうな。

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わたしだけこんな想いするなんて、なんか悔しいなあ

111106