俺はあいつと頻繁に会えなくなってしまう前にどうしてもなまえとおそろいの何かがほしかった。二人を繋ぎあわせるなにかがほしい、なんてちょっぴり女々しい考えかもしれないけどこれだけはどうしても譲れなかったので、俺はなまえが昼寝をしている間にこっそりあいつの爪を黒くぬってやった。自分がおこなう行為でなまえのちいさな爪がどんどん黒色へ変わっていくのがなんとなくうれしくて、俺の頬は自然と綻んでしまっていた。

知らないうちに鼻唄までうたっていた俺は気がつくとあいつの黒い爪の上にトップコートを塗っていた。すると、とつぜん横から「ううん…」というかすれた声がきこえてきた。

「あ、はよ。」

「おはよ。」

あいつはへらっと笑ったあとなにかに気づいたらしく、下の方に視線を落とした。そして少し間をおいたあと「あーっ!!」と大声で叫んだ。

「な、なんだよ。」

「わたしの爪がああ」

「え、イカすだろ?」

「もっとかわいい色がよかった!」

ぷくうと頬を膨らませたあいつは「はあ」とちいさな溜め息をついたあとおもむろに親指の爪先をがじがじと削り出した。

「ばっ、ちょ!やめろよ!」

「なんで?」

「だって、人がせっかくおそろ、…ってそうじゃなくて…」

「?」

「、その、えと…ひ、人がせっかくきれいに塗ってやったのにそれはねえんじゃねえの?」

「うー、だってえ、黒ってなんか怖いじゃん…」

「んなことねえよ!シックな黒はお姉さんななまえにピッタリだと思うぜ!削ったらもったいねえよ!」

「……」

「……」

「…うーん」

「(お、いけるか?)」

「…わたし、本当にお姉さんにみえる?」

「うんうん、超みえる!超かっけーよ!」

「じゃあこのままにしとく。」

なまえのことばに俺がほーっと息をついたあとあいつはにへっと笑ってちいさな手を上にかざした。そしてその手をしばらく見つめたあと、何かを思いついたように「あ、」と呟いた。

「ん、どうかしたか?」

「なんかさ、」

これってまるでわたしの両手が翔くんの手になったみたいだね。

なまえは未だに爪を見つめたままふわふわとした口調でそんなことを言った。魔法をかけられたようなそのことばは溶かされた水性絵の具のように俺の心へとじんわり滲んでいった。



月日はたち、俺はなまえとちがう学校に進学した。だけど俺があいつのことを思い出さない日は一日もなくて、暇な時間さえあればいつもあいつのことを考えてしまっていた。自分の爪を見ていると必ずあのときに言われたことばや表情が鮮明によみがえってきてなんとなくこそばゆくて恥ずかしい気持ちになった。

「くそ…」

一体全体なんなんだ、この初々しい反応は。あほか俺は。つーか女か俺は。

――これってまるでわたしの両手が翔くんの手になったみたいだね。

「だあああ!もう!なんなんだよっ!なんで何回も思い出しちまうんだよ!」

ちくしょう、本当はこんなはずじゃなかったのにまじどんだけ嬉しかったんだよ俺!これじゃあ俺がなまえのこと超すきみたいじゃんか!まあ実際そうだけどさ!そうだけども!さすがにこんな頻繁に思い出すなんて恥ずかしいだろ!うん!けどマニキュアはぜってー落とさねえからな!あーもう!つーか顔超あちい!

「翔ちゃ〜ん!…ってあれ?」

「な、なんだよ那月!」

「あのー…お顔が真っ赤っかですよ?」

「っ!!うるせー!別に、別に!そんなんじゃねえんだからな!勘違いするなよ!」

「?」


キャンディのようなしあわせは世界中にばらまかれた

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翔くんが七海ちゃんにぞっこんラブ(死語)というのは重々承知ですが、翔くんの作品を一つくらいは書いておきたかったのでとうとう書いちゃいました(^-^)

111017