周りの色が何色なのかよくわからない空間。まるで羊水の中のような、あいまいで柔らかくて懐かしい感じ。そんなふしぎな空間に包まれながらわたしたちはぽつりと立ちすくんでいた。 彼はわたしと向き合いながら、珍しく困った顔をしていた。小さなこどもをあやすのに苦戦しているような、そんな顔だった。 「なまえさん」 「なあに」 「あなたには、こんな何にもないとこよりもあたたかい太陽の下とかの方が全然似合っていますよ。」 「…なんでそう言い切れるの?」 ちょっぴり掠れた声でわたしがそう言うとレギュラスは困ったように笑った。困らせているのは紛れもなくわたしだった。 「だってそこにはなまえさんのことを大切にしてくれる人がたくさんいます。だからこれから先なまえさんはその人たちと楽しく、仲良く過ごしていけばいいんです。」 「でもそこには、レギュラスがいないじゃない。」 わたしは不思議と落ち着きを払った声で認めたくない事実を言うことができた。しかし、その事実を口にしおわった瞬間、目からはどっと涙が溢れそうになった。わたしはそれをなんとかこらえたあと無意識のうちにレギュラスが自分のことを慰めてくれるのを待ってしまっていた。 「例えなまえさんでも、ぼくがいなくなった生活にいずれは慣れてしまうものだと思うんです。」 「そんなこと、ない。」 「今はそう言えるかもしれませんが残念ながら人間というものはそういうものです。だから、ぼくのことはもうなるべく思い出さないでください。そうすればぼくのことなんていずれ忘れられますよ。」 「わたし、レギュラスのこと簡単に忘れられないよ。」 「…あなたを苦しめるのなら写真や手紙はぜんぶ捨ててください。」 「ちがうよ、レギュラス。そんなことしたってだめ。例えそういうものを捨ててたとしても忘れられないの。写真とかよりもねもっと長い間、わたしの中に残るものがあるんだよ。」 「…?」 「嫌いなたべものは最初に食べてしまうところ、杖の振り方、考え事しているとき無意識のうちに髪の毛をさわるところ。」 「……」 「長い間一緒にいたからレギュラスの癖、たくさんうつっちゃったよ。だからわたし、レギュラスのことは絶対に忘れないんだ。だって忘れた方が今よりももっとつらい気持ちになってしまうもの。」 「…あなたはほんとうにばかですね。」 呆れたような観念したような、そんな笑顔をレギュラスは見せてくれた。わたしはそんな儚げともいえるレギュラスをみた瞬間、とうとうたえられなくなって勢いよくレギュラスに抱きついた。 「もう、なんですかいきなり」 「…ごめんレギュラス。わたし今 レギュラス からすごく嫌なこと言うよ。」 「どうぞ。」 「…わたし、じつはねだいすきなレギュラスといつかは結婚したいなあってずっと思ってたんだ。まあ、レギュラスのことだからさ、「あなたらしい、平凡でつまらない夢ですね」とか言うかもしれないけど、わたしにとってはそれが一番の夢だったの。それで自分たちの子どもに囲まれて、一緒に死ぬまで幸せに生活したかったんだ。おじいちゃんおばあちゃんになってもずっと、そばに寄り添っていたかったんだ。」 「……」 「それからね、笑うのも泣くのも怒るのも全部全部レギュラスと一緒がよかった。レギュラスが隣にいてくれるのなら、わたし本当になんにもいらなかった。」 「……」 「他の誰でもない、レギュラスじゃないとだめみたい。レギュラスがいなきゃわたし、もう一生幸せなんて感じられないよ。」 「…そう、ですか。」 「…もう、そこは冗談でもぼくもですよ、とか言えないの?」 「はい、言えません。」 「……」 「だって、もし自分の想いを口にしてしまったらぼくは自分自身を抑え切れなくなってしまいますから。」 「……」 「…でも、ただ一つだけ言えることはあなたのそのすてきな夢を二人で一緒に叶えてみたかったということくらいですかね。」 珍しく、少しだけ震えたような、上ずった声が聞こえてきたのでわたしはパッと顔をあげてみた。するとレギュラスは苦しそうな、今にも泣きだしそうな顔をしていた。 「…ごめんねレギュラス。」 わたし、さいごのさいごまでレギュラスに迷惑をかけちゃったね。 長い間隠していたつもりなのかもしれないけどあなたは紛れもなく世界でいちばんのさみしがりやさんなのだから、せめてわたしと一緒にいたときくらいはもっと色々と頼ってほしかった、もっと想いを正直にぶつけてほしかった、でも、いちばんは、やっぱりもっとわたしのそばにいてほしかった。 110924 |