ぼくはここ最近、学校で出されたしゅくだいをとある喫茶店でやるようになっていた。いつからその喫茶店に通い始めたかはもう覚えていなかったけど、なぜだかぼくはどんなに忙しいときでも手間暇をかけてその喫茶店へ行き、一人で勉強をしていた。 ぼくが頻繁に通うようになった赤い屋根の喫茶店はわりかしこぢんまりとした店だった。いつもその喫茶店にいるのはここを切り盛りをしているらしい女店長と奥のキッチンで黙々とスイーツを作っているパティシエだけだった。お店の中は決して広くはなかったが、茶色い蓄音機が四六時中音楽をながしていたので店内はたいへん落ち着いた雰囲気を醸し出していた。そしてそのメロディを聴きながらゆっくりと日替りドリンクを飲むのがぼくの密かなお気に入りとなっていた。 ぼくはラズベリーシェイクを飲みながらすいーっと辺りを見回してみた。すると偶然、隅っこのほうで今まで気づかなかったものを発見することができた。ガラスの扉がついた本棚にぽつんと深緑色のノートがおいてあったのだ。ぼくは何気なくそのノートを手に取ってみるとそこにはいろんな字体でたくさんのメッセージが書き込まれていた。 ぼくはそれを見た途端、すぐにこれがなんのノートだか理解することができた。ああ、きっとこれはこの店に対して作られたメッセージノートなんだ。 ぼくがなんにも考えずにぱらぱらとノートをめくっていると突然、女店長がふわふわしたホールケーキをテーブルの真ん中においた。 「あの、すみません」 「なあに?」 「これ、頼んでませんけど」 「知ってる。」 「じゃあなんで…」 「ご褒美だよ」 「へ?」 「きみ、いつもこの席でしゅくだいを頑張っているじゃない?だからお姉さんからのささやかなご褒美。」 「…ぼく一人でこんなにたべれませんけど。」 「じゃあ一緒にたべようか。」 「ちょ、しごとはいいんですか。」 「あははいいのいいの。」 彼女はけらけらと笑いながらおもむろにナイフを取りだしケーキを切り始めた。そしてしばらくしたあと「はいどうぞ」と言って、たべやすいサイズに切られたフルーツケーキをぼくの方に渡してくれた。ぼくがそのケーキを食べると彼女はすぐさま「どう?当店自慢のスイーツは」とたずねてきた。 「まあ…まずくはないです。」 「そうかそうか、それはよかった。」 彼女はにやにやしながらそう言ったあと何をおもったのかキッチンの方へと消えていった。 「はあ…」 ぼくは大きなため息をついたあと先程の自分自身の言動を心底恨んだ。全く、なにをやっているんだ。彼女はせっかくぼくのために優しくしてくれたというのにその行為をつっぱねかえすかのような言い方をするなんてぼくは一体何様なんだ。ああ、もう本当に、本当にこんなじぶんが情けない。 そんなときにあのノートが自分の目に入ってきた。 「…あ、」 ぼくは「これだ」と直感した。深緑色のノートを急いで手に取り、なにも書いていないページを開いた。そして羽ペンにインクをつけていつもより丁寧に文字を書きこんだ。 フルーツケーキ、なかなかおいしかったです。ありがとうございました。 まだことばの節々にとげとげしさは残っていたけど、ぼくはこれで満足だった。とりあえず伝えたいことは書けた。あとは彼女がこのメッセージに気づくだけだ。これを見つけた彼女はどんな顔をするだろう。すぐにぼくが書いたものだとわかるだろうか。そんな他愛のことを考えているとなぜだか自然と頬がほころんだ。 |