わたしには二人の幼なじみがいる。彼らは四六時中無表情だしぼんやりしがちだしたまに何を考えているか分からない時もあるけど二人共わたし好みの、中々面白い性格をしている。 フェアリー・ステップ 「ねえ悠太〜、そこにある茶色い方のカントリーマアムとって〜」 「ん、」 「ありがとー」 「あ、じゃあわたしには白い方のカントリーマアムとって〜」 「……」 「……」 「ちょ、悠太…聞いてます〜?」 「「いや…っていうか君、なんでここにいるの?」」 チラッと向けられた彼らの嫌そうな視線に、わたしは若干冷や汗をかいた。そしていきなり静かになった二人の探るような眼差しに対し、わたしはぐっと堪えながらも顔をひきつらせるしかなかった。 「えーっと、ほら…き、今日はせっかくの休みだしさ!わたし二人に会いに来たんだ!」 「いやいやなまえさん、俺らはそんな寒イボが出るような嘘を聞きたい訳じゃないんじゃないんだからね。」 「ちょっ…悠太ああああ!祐希が毒舌だよ〜!」 「はあ…もう祐希、なまえはすねだすとすごくめんどくさいんだからそういうことは思っても口に出さないの。」 これまたやる気なさげに人差し指をピンと立て、とんでもないことを言い出した悠太は 何故か誇らしげにしていた。 「ちょ、な、なにそれ!まあ確かにそうかもしれないけど、それを悪気もなく言うなんてあんたらは悪魔かっ!!」 そう言ったあとわたしが大声でうわーんと喚きだすと祐希は無言で耳を塞ぎ、悠太はため息をついた。そして、観念したように嫌々と口を開いた。 「…で、一体今日は何があったの。どうせ家で何かあったからこんな朝早くうちにきたんでしょ?」 「うっ…」 「もう「うっ…」じゃなくてさあ…。このままだと埒があかないからとりあえず話してみなよ。」 そう言って呆れながらも言葉を促す悠太と、祐希の静かなうなずきを見たわたしはついさっきあった恐ろしい出来事についてぽつりぽつりと話はじめた。 「わたしね、お姉ちゃんと喧嘩したからここに家出してきたの…」 「なにがあったの?」 伺ってくるような、若干心配してるような二人の表情を見てようやく理由を言う決心ができたわたしは思い切って大声をだした。 「あのね、お姉ちゃんがねっ!わたしのティラミスを食べちゃったのおおおっ!」 「「あーあ、心配して損した。」」 同時にケッと言った歪んだ心の持ち主たちはゴミを見るような目でわたしを見てきた。 「ちょ、なにその反応!なにその荒んだ眼差し!」 「だって、ねえ…」 「こんなしょうもない理由じゃあ、ねえ…」 突然ススス…と部屋の隅っこに行った二人は身を寄せあいながらこそこそ話をしはじめた。彼らからちらちらと向けられる視線や控えめにこちらに向けられる指先は冗談であると分かっていたけど、けど、そんな二人の反応にとうとう堪えられなくなったわたしは勢いよく立ち上がって声を張り上げた。 「じゃあ祐希はっ!アニメージャが知らない間に捨てられていても怒らない訳!?」 もはや半狂乱になったわたしが祐希にビシィッと指をさしてそう言い放つとその瞬間、彼は身体に雷が落ちたかのように絶望し、どさあっと床に崩れ落ちた。 「…祐希、わかる?わたしはそれと同じくらい許せなかったんだよ。」 床に突っ伏しておいおいと泣き真似をする祐希の肩を優しく叩くとむくりと起き上がった彼は「なまえ、今日からうちの子になってもいいよ。」とさっきとは真逆の言葉を言い放った。 「ちょ、祐希が口を出すと話がこじれるからやめなさい、ね。」 「ぶー」 「はあ…なまえ、それでそのあとはどうしたの?」 「え?…ああ、そのあとは当然のいつも如く口喧嘩に発展して、長い間言い合いし続けたけど、それでもお姉ちゃんが一向に謝らないからわたしつい言っちゃったの。」 「なんて?」 「お姉ちゃんなんか破局しちゃえばいいんだ!って…」 「…それで?」 「…そうしたらお姉ちゃんもうすでに彼氏と別れていたらしくて…。」 部屋の中の空気が若干気まずいものとなったので目線をせわしなく泳がせていると二人は盛大にため息をついた。 「なんというか…さすがなまえってところだよね。」 「うん。ほんとその無神経さには素晴らしいものを感じるよね。」 「だっ、だって…そんなの知らなかったんだもん!」 「はいはい。それで?」 「お姉ちゃんは大激怒しちゃって、もう…あんたの顔なんか見たくない!って…」 わたしがとぎれとぎれに先程の出来事を告げるとついにふたりは無言となり祐希がカントリーマアムをかじる音しか聞こえなくなった。 「……」 「……」 「なまえ、」 「は、はい」 「別に君だけが悪い訳じゃないけど謝りにいきな。」 「でも…」 「君には全く悪い場面がなかった、というわけでもないんだ。」 「……」 「ね?」 「…嫌。まだ帰りたくない。」 我が儘な自分に若干嫌気がさしたけど今言ったことは本心だった。確かに悠太が言っていることは正論だし、お姉ちゃんも顔も見たくないと本心では言っていないということも理解している。でも、今言いたいことはそういうのじゃなくて、とにかく理屈とか抜きで今は会いたくないのだ。もう少しだけ、時間が欲しいのだ。 「……」 「ごめん…」 わたしは悠太に迷惑をかけてしまっているという罪悪感から逃れるため、うつ向きながらそう言うと、突然祐希が引き出しを漁りはじめた。 「「……」」 突然した祐希の行動が理解できなかったわたしたちはとりあえず無言で彼を見詰め続けた。すると祐希はちょっとだけ嬉しそうに「あった」と呟いた。 「これこれ。この間のアニメージャについてきたやつ。」 じゃーん、と祐希が私たちに見せるように掲げてきたものはアニメキャラの絵が書いてあるちいさなトランプだった。 「……」 「まあまあ、とりあえずトランプでもやりましょうよ。」 「はあ…」 この時、わたしは「何故トランプ?」という疑問はやむを得なく捨てて、曖昧な返事をすることしかできなかった。 「だってさ、トランプは最低でも三人は必要じゃん?俺ら家でもよく二人でいるしさ。」 「うん。」 「…だからまあ、今帰りたくないなら少しだけ時間を置いてから行けばいいよ。」 にこり、とまではいかないけど少しだけ表情が和らいだ祐希を見てこちらも自然と笑顔になれた。…祐希、わたしのどうしようもない気持ちを理解してくれてありがとう。こういうとこ、ほんと昔から変わってないね。 〇 それからわたしたちは七並べやババ抜き等々を何回もし、トランプに飽きたらビデオ鑑賞や雑談などをした。わたしは思いの外長く居座ってしまったらしく気がつくと辺りはもうすっかり暗くなっていて、どこからかクラムチャウダーの美味しそうな匂いがしてきた。 「なまえ、そろそろ帰らないと。きっとみんな心配してるよ。」 控えめに顔を覗きこんできた悠太に対してわたしは曖昧にしか返事をすることができなかった。 「……」 確かにもう夜遅いし、そろそろ帰らないといけないし迷惑がかかるということもわかっている。けど、わたしは自分が思っている以上に頑固で、それでいて臆病なのだ。家に帰ったらお姉ちゃんにまた何か言われるかも…そう考えると足は不思議なくらいに固まってしまった。 何の施しようもない不安を抱えたわたしはなにも言えずに視線を逸らしていると悠太が本日何回目かのため息をついたあとスッとわたしに手を差し伸べてくれた。 「…?」 「ほら、じゃあ一緒に行こ?それなら大丈夫でしょ?」 差し出してくれた手を控えめに握るとみるみるうちに温かい気持ちになり、なんとなく安心することができた。そしてついつい調子に乗ったわたしは、どさくさに紛れて祐希の手もギュッと握った。すると彼は「ちょっとなんなの」と顔をしかめたが、決してわたしの手を振り払ったりはしなかった。 わたしには二人の幼なじみがいる。彼らは四六時中無表情だしぼんやりしがちだしたまに何を考えているか分からない時もあるけど二人共わたし好みの、中々面白い性格をしている。 わたしはそんな二人のことが今も昔もこれからもだいすきだ。 |