お庭にまだ春のお花が咲いていない頃、わたしのだいすきな彼はわざわざ家まで来て別れを告げにきた。

「ごめんな。おまえとはもうしばらく会えなくなる。」

突然、頬をかきながらそう言ってきた彼に対してわたしは掠れた声で「どうして?」としか聞けなかった。

「あのな、ついさっき俺のもとにようやくホグワーツから手紙が来たんだ。だからこれからはずっと向こうで生活することになる。」

不安よりも期待の色が強い彼のきらきらしている表情を見て、しょうもない勘違いをしていたわたしはしぜんと笑顔になった。

「あ…そうだったね!ブラック家の人たちはあそこで代々優秀な魔法使いになってくるんだものね。…って言ってもわたしはマグルだからよくわからないけど。」

えへへと笑いながらそう言うとシリウスは目を泳がせながら「まあ、本音をいうとできればお前にも来てほしいんだけどなー」と小さな声で零した。

「わたしも無理矢理ついていきたいくらいだけどこれはしょうがないこと。とりあえず浮気はしないでよね!」

「それはこっちのセリフ。」

「手紙も電話もしてね。」

「お前もな!」

「…シリウス、」

「ん?」

「だいすきだよ!」

シリウスにもうしばらく会えなくなるとわかった途端、わたしは初めて自分の気持ちを彼にすんなり伝えられた。伝えられる大切な言葉は今、一緒にいる内にしっかり伝えておこうと思ったからわたしは彼の透き通った目を見ながら自分の想いをはっきりと告げられた。

「俺もだ、ばか。」

彼は少しだけ驚いたあと目を細めながら笑ってそう言った。それはいつもと変わらない柔らかくてわたしのだいすきな笑顔だった。



彼がこの街から去ったあと、早速手紙が来た。内容はホグワーツでの日常を綴った他愛もないものだったけどそれを見た途端、わたしの胸はきつく締め付けられた。やっぱり最愛の人に会えないのはものすごく淋しいことだと痛感した。今までずっとすぐ傍にいただけあって少しの間だけ離れても正直きつく感じる。だけど弱音なんて吐いていられない。だって、こんなにもちっぽけなわたしは彼が楽しい時にも辛い時にも今は傍にいることさえできないのだから、せめて、彼の話を聞いてあげたり一ミリも悲しいという気持ちが見えないような手紙を書かないと。

無意識のうちに意気込んでいたわたしはふさふさした羽ペンを手に取って色んなことを書いた。前より幾分かは料理の腕を上げてシリウスが好きなメレンゲパイをちょっぴりうまく作れるようになったこと、街の時計塔がデッキブラシで大掃除されたこと、駅の近くに大きなショッピングモールができたこと、あとそれと…ここにはあなたの帰りを待っている人がたくさんいるということ。わたしはそれらひとつひとつに気持ちを込めて手紙を送った。

それから少し月日が経ったあとまた彼から手紙が来た。じっくり読んだあとわたしはまた一生懸命返事を書いた。そしてまた彼から手紙が来た。…と、そんな感じで彼がホグワーツに入学してから約四年間という、思いのほか長い月日の間文通を続けることができた。そしてたまに電話もすることができた。

でも、本人に直接会うことはできなかった。シリウスは長期休暇の間にこっちに帰ってくるときもあったしホグワーツに残るときもあったのでたくさんすれ違ってしまったのだ。しかも例え彼が帰ってきたとしてもブラック家主催の純血パーティーとかで一回も会うことができなかった。

だけど今さっき、シリウスからとても嬉しい手紙がきた。「夕方頃にはそっちに着くと思うからよく行ってた丘の上で待ってろ。」わたしはそう書かれた手紙を握りしめて、ちょっぴりオシャレをしたあとに丘の上へと向かった。

わたしは淡いストライプが入ったスカートを少しだけ持ち上げながら、丘のてっぺんまで登った。すると、ずっと待ち焦がれていたわたしのだいすきな人はもうすでにてっぺんにいたのだ。その人はわたしが来たことに気づくと、いつもと変わらない笑顔で「よっ」と言った。

「久しぶり。」

わたしが彼に近づきながらそう言うと珍しくしみじみした感じで「そうだなあ。」と呟いた。

「あれからもう四年も経ったんだもんな。」

「うん。」

「…にしては、お前は背丈とか胸とか驚くほどそのまんまだな。」

「ばか。シリウスだって全然変わってないよ。」

久しぶりとも言えるふざけた言い合いをしながらわたしたちはお互いの顔をみて「うふふ」と笑った。

「いや、そんなことねえぞ。俺はこの四年間で随分魔法を使いこなせるようになった。」

ふふん、と自慢するような彼の言葉を聞いた途端、わたしはなんとなく悲しくなった。確かに彼はこの四年間でたくさんの「新しいもの」を取り入れ、学び、成長しただろう。だけど、わたしはどうなの…?彼がいない間、ほんとうに成長できた?彼と同じくらい色々なことを学べた?そう考えるとなんだかシリウスにおいてけぼりにされたような感じがしてならなかった。

どうしようもない気持ちを抱いたわたしはなにも言えずに俯くとシリウスは下から顔を覗き込んできた。そのガラス玉のような目はわたしの心までも覗いているようだった。

「…なあ」

「ん?」

「そういやお前、ガキの頃に一度も魔法を見たことねえって言ってたよな?」

「、?うん。」

「じゃあ、今回は俺が特別に見せてやるよ。」

スッと得意げに杖を出した彼を見て少しの間わたしは呆然としたが、そのあと慌てて彼を止めた。

「ちょ、ちょっと待って!」

「あ?」

「確か、未成年者は学校の外では魔法を使っちゃいけないんじゃなかったの?」

「あー…まあそうだけど別に構わねえよ。退学になるわけでもあるまいし。」

「で、でもシリウスが罰則とか受けるハメになったらわたし…」

「心配するなばか。お前に喜んでもらえるなら、んなこと安いもんだ。」

シリウスは歌を歌うかように軽快な口調でそう言ったあとわたしの静止を振り切って杖を振った。

「わあ…」

その瞬間、丘の上に咲いていたお花たちはみるみる成長し、たちまちきれいな景色が広がった。

「…まあザッとこんなもんだな。魔法で一から命を作ることはできねえけど成長を助けることくらいはできるんだ。」

「すごい…すごいよシリウス!」

「へへっ、まあな。それとあと…」

そう言いながらシリウスは自分の手の平に向けて杖を振った。すると小さくてかわいらしい箱が現れた。

「これは…?」

「お前にやるよ。開けてみ?」

「う、うん…」

シリウスに言われたとおり小箱を開けてみると中にはきれいな宝石がついた指輪が入っていた。

「これ…」

「えーっと、まあ…お前とはあと三年間会えないけど俺が学校を卒業したら、」

一緒になってくれ。

シリウスは凛とした声でわたしにそう告げた。突然のことだったからわたしは最初呆然としたけど、次第におなかの底から嬉しさと喜びがこみあがってきて自然と視界が潤んできた。

「ううっ…ひっ、く」

「おいおい、んなことで泣くんじゃねえよ。お前のそういうところ、ほんと昔から変わってねえよな。」

「だ、だって…」

「ったく、だってじゃなくて返事は?」

「あ、えっと…わ、わたしお料理まだまだ下手っぴだけどそれでもいい?」

「ああ。いっぱい作って一緒にうまくなろう。」

「掃除もできないし、夜になってなんだか淋しい気分になったら一緒に寝てもらってもいい?」

「そんなの毎日でも大歓迎だ。」

「それと…わたしマグルだけどほんとうに平気?」

「大事なのはお互いの気持ちだからそんなどうでもいいこと気にすんな。」

「……」

「おれたち、結婚しよう。」

シリウスはそう言ったあとふわりと両手を広げてくれた。色んな感情が込み上げてきたわたしはすぐさま走りだし、勢いよく彼に抱き着いた。そして自分の頭上から彼の呆れたような笑い声が聞こえる中、わたしは何度も何度も頷いた。

わたしは自分の気持ち落ち着いたあとにぽつりと「今、世界で一番幸せなのはわたしじゃないかなあ」と呟くとシリウスは「ばっか、一番は俺に決まってんだろ。」と言った。わたしは二人共幸せならどっちが一番でも別にいいやと思いながら目を瞑った。



まっくろネリノはフィアンセと共に光の森に包まれる

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