先生はもうすぐ結婚する。恋人であるあたしを捨てて偉ーい先生に薦められた人と結婚する。当の先生は仕方ななく結婚するのか乗り気で結婚するのかはよく分からなかったけどとにかくそれが悔しくて悔しくて堪らなかったのであたしは持っていた合鍵を使い先生の家にあった思い出のペアリングを盗んできた。途中、先生の家から溢れ出す思い出や温もりに危うく涙を零しそうになったけどなんとか盗むことができた。だってもうこんなもの…、二人で大切に持っていたって辛いだけだもん。

あたしは先生の家から指輪を盗んだあと自分の家でふて寝をしていると先生から電話がかかってきた。先生の番号だけは着メロを変えていたから電話がかかってきた瞬間すぐに分かった。最初は電話に出る気にはならなかったけどあまりにも長い間音楽が鳴っていたので仕方なく携帯をとった。

「…はい」

「お、やっと出た。久しぶりだな〜。」

「…何か用。」

「そうそうお前さあ、俺ん家からペアリング盗っただろ?」

「……」

「その反応はやっぱりそうだったか。大家に聞いたらさ、ついさっきお前を見かけたって言ったからそうだと思ったんだよな〜。」

「…別にいいでしょ。」

「……」

「……?」

「よし、俺今からお前ん家に指輪取りに行くわ。」

「…はっ!?な、なんで?」

「だってあれ俺のだから。」

「なっ…!そういう意味じゃないでしょ!?」

「…まあ、とにかく首を長くして待っとけよな。あ、言っとくけど鍵閉めてもお前ん家の合鍵持ってるから意味ないぜ。」

「ちょ、何言って…!」

ブツッ、ツーツーツー…。

「って、切れたし…」

あたしは間抜け面で呆然としながら携帯の画面を見つめた。本当に訳が分からなくてうまく頭が働かなかった。ねえ先生…何で?そもそも何で先生はこんなどうでもいい指輪を取りに来ようとするの?確かもう婚約指輪を買ったはずなんでしょ?ならこんな安っぽい指輪なんていらないじゃん。なのに何でわざわざあたしの家まで来るの…?意味わからないよ…。





しばらくしてから玄関先のチャイムが鳴ったのであたしは仕方なくドアを開けた。うつむいていた顔をパッとあげるとそこにはやっぱり予想通りの人が立っていた。

「よう」

「…よう」

「とりあえず邪魔するぜ〜」

ホイホイッと靴を脱いだ先生はズカズカとあたしの家へ上がってくる。慣れた様子で、あたしのリビングまでたどり着く。

「お茶…いる?」

「いや、別にいらねえよ。」

先生はへらっと笑いながら茶色い椅子に腰を掛けた。そこは先生の指定席だった。

「…そ。」

「それよりお前、指輪返せよ」

「…なんで?」

「なんでって…ったく、あれは俺のも…」

「そうじゃなくて!!」

「、」

「なんで、なんでわざわざこんなもの取りに来たの!?もう、こんな指輪なんていらないでしょ!?」

「…んなのおめえが決めることじゃねえだろーが。」

「いや、あたしにだって決める権利はあるよ!だって、あの指輪は二人で買った、あたしたちの指輪だもん!だから二人のための指輪なんだからもう…い、いらないじゃない!」

その時あたしは不覚にもうまく「いらない」と言うことができなかった。まあ…仕方ないよか。だってこの指輪を本当にいらないなんて思っていないもん。この指輪はあたしにとってすごくすごく、何よりも大事なものなんだもん。

頭の中が破裂しそうで、苦しくて辛くて仕方がなくかったあたしは力無く床にへたり込むと、先生はゆっくりとこっちに来てあたしの前にしゃがみ込んだ。

「…それでも俺は持っていたいんだよ。」

先生の消えそうな言葉を聞いた瞬間、あたしの涙腺は一気に緩んだ。…もう、なんだよ。ほんとなんなんだよ。

「…っ、そんなのずるいよ…」

「ああ…ずるいけど、俺は」

お前との繋がりを捨てたくないんだ。

訴えかけるような先生の瞳をみたあたしはとうとう堪えられなくなりギュッと目をきつく閉じた。すると涙が目尻にじんわりと滲んできたので先生は当然の如くあたしの涙を丁寧に親指で拭ってくれた。先生の優しすぎる行為が胸に突き刺さるほど痛く感じた。



不器用なあなたがくれたさいごのさいごの温もり

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一度愛してしまえばもう二度と忘れることはできない
110425