彼は強い。彼はかっこいい。彼はうつくしい。彼は気高い。彼はたくましい。彼は優しい。…けれど、それ故に彼はいつも一人で苦しんでいる。彼は誰にも相談をしたりしない。彼はもがいている。彼は疲れている。彼はいつも忙しそうにしてる。彼は、彼はたった一人ですべてを抱え込んでいる。

だからわたしは彼の負担にならないように少しだけ距離をおくことにした。忙しい期間に少しの間だけ。彼と離ればなれになるのはつらいことだけど、彼に迷惑がかかる方がもっと辛いからね。うん、そうだよ。仕方がないよ。





今日はとても綺麗な晴れ模様だったのでわたしは外へお買い物しに行くことにした。コツコツと石畳を歩きながら右を向くと、この街で一番有名なブティックが目に入ってきた。この素敵なブティックにはつい最近発売されたワンピースやパンプスが小綺麗に並べられている。クルッと左を向くと、そこには小さな雑貨屋さんがあった。お店の表には大きな宝石がついたネックレスがたっくさん飾られていた。

わたしはそんなかわゆいお店たちに目を輝かせながらあちこちをまわった。ねこのような足取りでベージュのジャケットや木で出来たちいさなスプーン、有名な紅茶メーカーのロゴが刻まれたシュガーポットなどをお買い上げして上機嫌で帰宅しようとしたら、突然辺りにすさまじい轟音が鳴りひびいた。

「ぎゃあっ!」

わたしは思わず一人で叫んだ後、おそるおそる大きな音が鳴った方角をみてみると少し遠くの空模様はとても暗く雷がピカピカと光を放っていた。

あ…あれ、朝ははあんなにも晴れ渡っていたのになんで?なんて悠長に考えている暇はわたしにはなかった。なぜなら、わたしは雷がすんごく苦手だからだ。どれくらい苦手かというとクロコダイルの大きな怒鳴り声と同じくらい苦手。だからはやくおうちに帰らなきゃ…!このままだとかなりやばい!

わたしがそう思ったのが遅かったの黒い雲のうごきが早かったのか、一体どちらだったのか分からなかったけど、こっちの方にもぽつぽつと水滴が落ち、やがてザーッというけたたましい音がする程の大雨となった。ちなみに今のわたしはかさなど持ち合わせていないから全身びしょぬれ。うう、さいあくだ…。

「もう!とりあえず早くかえろうっ!」

半ばヤケクソになりながらそう思い、急いでばしゃばしゃと走り出すとまたしても大きな雷がなり響いた。あろうことかわたしはその大きすぎる音に驚き転んでしまった。

「うう、痛い…」

今の状況で泣き言は言っていられないけど手は派手にすりむき、血だらけの膝はずきずきと痛んだ。…まあ、普通の人から見ればそれだけのことかもしれないけど弱っちいわたしの場合、このままじゃあ帰り道で確実に力尽きてしまう。ああ…くそう、もうしかたがない。とりあえず近くの小屋で少しだけ、少しだけ休もう。

わたしは足を引きずりながら木でできたドアを静かに空けると中は当然のごとくガラガラで人っ子一人いなかった。わたしはひたひたと歩きながらちいさな赤い丸椅子に腰をかけた。

「ふう…」

と、深く息をついたのもつかの間、またもやこの街の近くで雷の音が鳴りひびいた。

「〜っ!!もう、いい加減にしてっ!!」

なんて叫びながらも怖がりなあたしは早くも涙目になっていた。だってここ、暗いし寒いしおまけに小屋全体がガタガタいってるし…もう、お願いだから誰か来てよお…。いや…やっぱり誰かなんて嫌。わたし、クロコダイルがいいよ。だいだいだいすきなクロコダイルじゃなきゃ寂しい気持ちも怖い気持ちも拭い去れないよ。

「クロコダイルー…」

「そんな情けねえ声で俺の名を呼ぶんじゃねえ。」

わたしの小さな声は虚しく天井に吸い込まれるかと思ったが愛おしい彼が呆れた声で返事をしてくれた。驚いたわたしはバッと振り返ってみると彼は「はあ」とため息をついた。「ったく、てめえはこんなところでなにしてんだ。」

「ご…ごめんなさい。でも、どうしてここがわかったの…?」

「…んなこたあどうでもいいからとりあえず帰るぞ。」

クロコダイルはそう言うと座っているわたしに向かって手を伸ばしてきた。わたしはその手を握り立ち上がろうとしたが、さっき転んだ右足がズキズキ痛んでそれすら出来なかった。

「…っ!!」

痛みが走った後わたしが顔を歪めるとクロコダイルは静かに「怪我したのか」と聞いてきた。

「うん…、ごめんね。」

わたしがそう申し訳なさそうに言うと、クロコダイルは突然、無言のままわたしに背を向けてしゃがみ込みだした。

「…?どうしたの?」

「おら、乗れ。」

「えっ…そ、そんな悪いよ。」

「…いいから早くしろ。遠慮される方が疲れる。」

「あっ、ごめん…。じゃあお言葉に甘えて…。」

わたしはそう呟いた後、クロコダイルの背中にひしっとしがみついた。そうすると彼はひょいと立ち上がり、体重の重いわたしを乗せて、いとも簡単に歩きだした。

クロコダイルにおんぶしてもらっている間、わたしの身体から彼の優しい温もりがじんわりと伝わってきた。それはわたしのおなかの底をぽかぽかさせるような素晴らしいものだったけどわたしの心には小さなわだかまりがあった。

「(あーあ、またクロコダイルに迷惑かけちゃった…)」

そのことだけがわたしの胸をキリキリと痛めた。最近忙しいクロコダイルに迷惑をかけさせたくなかったのにわたしはおおきな迷惑をかけてしまった。また、足を引っ張ってしまった。

「ごめんね…」

私が無意識のうちにポツリと呟くとクロコダイルはぴたりと足を止めた。え、ど…どうしたんだろう…。

「…ガキが生意気に大人ぶったこと考えてんじゃねえよ。」

「…へ?」

「てめえが最近思い詰めてることは分かってたが、やっぱりろくなことを考えてねえな。」

「え、え、」

「…とりあえず俺につまらない気を回すんじゃねえ。遠慮もするな。」

「……」

「…てめえは俺を誰だと思っているんだ。俺がお前のわがままごときでへこたれると思ったら大間違いだぞ。」

「でも、」

「でもじゃねえ。てめえは昔みたいにただやりたいことをやってりゃあいい。のんきに過ごしてりゃあいい。」

「……」

「つまらないことなんざ考えねえで、俺の傍でずっとあほみたいに笑ってりゃあいい。」

クロコダイルの背中に耳を当てるとわたしの心を見透かしたかのような言葉が低い音で響き渡った。その不器用で温かい言葉に危うく泣いちゃいそうになったけど、わたしはそれを必死にこらえて彼の肩に添えた手にギュッと力を込めた。

「…クロコダイル」

「あ?」

「ごめん、降ろしてくれるかな。」

「…てめえ、今の俺の話聞いていたのか。」

「うん、聞いていたよ。だからおんぶはもうやめにして、わたしのことを思い切り抱きしめて。わたしね、最近、あなたに抱きしめてもらっていなかったからもう限界なの。泣いちゃいそうなの。」

クロコダイルの細長い瞳を見詰めながらそう言うと、彼はフッと笑ってわたしのことを抱きしめてくれた。わたしは魔法がかかったかのように一瞬にしてすごく幸せになり、頬が緩みつつも泣きそうになってしまった。雨はいつの間にかやみ、そのかわりにふんわりと虹がかかっていた。まるで映画のワンシーンのようだった。



頭の上から足の先っぽまですっぽりと包み込むような大きな大きな愛に酔ってしまえ

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for R50
thank you very much !

ちなみにクロコダイルはあの小屋に行くまでに何人もの街の人にヒロインちゃんのことを尋ねて回ったのです。俺様の彼が彼女のためにここまでするなんて…!ギャップ!

110401